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第8話 未知の世界よコンニチハ

 口を真一文字に結んで邪念を払う。と、に裏側から掌がかぶさった。そして宝珠もろとも撫でころがす。 「おっ、おい!」  うろたえ顔を振り向けざま()め回すと、喧嘩を売る気か、と言いたげに目が合った男が睨み返してきた。  ぴりぴりムードが漂うのをよそに、あざとい手は、ふぐりをポンと弾ませる。  おばけ屋敷にやって来た客のノリが悪いと、脅かし役もシラけてしまう。原理は同じだ。こちらの反応がイマイチであればあるほど、痴漢もやる気を失うはず。  新手の技を繰り出したのが不発に終わって、残念でした。英斗は皮肉たっぷりに冷笑を浮かべた。その一方で、こぼれ落ちる寸前の、あえぎ声を嚙み殺した。  図らずも、とはいえ思う壺にはまった面があるのは否めないが。  現にスラックスの前が妖しい丸みを帯びはじめた。淫液の分泌を促すように、ふぐりを嬲られつづけているせいで、ボクサーブリーフがべたつく。  膝が小刻みに震え、色素の薄い瞳がとろりと潤む。  英斗はワイシャツの肩口に、火照った額をすりつけた。誰も彼も自分の世界に没頭しているその横で、ハレンチな事態が進行中だなんて夢想だにしないだろう。  運悪く露呈して、ド変態を発見と罵声を浴びせられる前に窓から飛び降りてしまおうか。  特別快速は雨のカーテンを切り裂いて走る。降りる駅の、手前のカーブに差しかかった。  タイムアップ。そう告げるように且つ、愉しませてもらったとからかうみたいに、指は離れていきがてらギャザーをひと片めくった。  英斗は電車がホームにすべり込むなり、トイレめがけてダッシュした。個室に駆け込むのももどかしく、スラックスをくつろげて、しごく。瞬く間に爆ぜて、掌がぬらつくと、ちょっぴり泣けた。  ぐったりと便器に腰かけた。通勤中に公衆トイレでヌく会社員の図。痛いという次元を通り越して、みじめったらしい。笑い声が虚ろに響いた。  物足りなげに蜜がしみ出す、腫れぼったい乳首が疼く。自己嫌悪という海にずぶずぶと沈んでいく合間に、コマ送りで瞼の裏に甦る。  世紀の大発明を披露する、と太縁眼鏡をくいと押しあげてうそぶくさまが。  浮世離れしているぶんピュア。そんな大雅に引きかえ、おれは不破とラブラブになりたい」一色の煩悩まみれ。  純愛路線を驀進中(ばくしんちゅう)、と威張る資格に欠ける気がして仕方がない。苦い、ため息がこぼれた。

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