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第9話 ダメな子です、おれのバカバカ
第3章
独り暮らし、あるあるだ。風呂あがりにフリチンのまま缶ビールのプルタブを引くまぎわ、スマートフォンに着信があった。
英斗は缶を取り落としかけた。ムスコがぶらついてもかまわず、スマートフォンを引っ摑む。
大雅がLINEをよこすのは珍しい。画面をタップする前に深呼吸、さらにビールをごくりと自分を焦らす。
もしも〝退屈している〟系の、遊びにこいと遠回しに催促する内容だったらキュン死ものだが……。
「今夜はバテ気味、ゼッテー行かねえ」
と、中指を突き立てるはしからクロゼットに財布を取りに走ってしまう。さてLINEの文面は、といえば。
〝一ノ瀬が発したSOSを友だちアンテナがキャッチした。何かトラブってるのか〟。
以心伝心のような質問に、ときめき指数はうなぎのぼりだ。
痴漢に粘着されてカクカクシカジカ。汗マークをちりばめて、そう返したら、俺の一ノ瀬にけしからん、とボディーガードを買って出てくれて、うれし恥ずかし同伴出勤──。
ビールにむせた。上向き加減のペニスをぺちんと叩き、メッセージを綴った。
〝心配ご無用、おれは無敵だ〟。
レスして数分後、がっくりポーズのスタンプが届いた。なぞなぞじみたこれの意味を、どう解釈しろと言うのか。
さて翌朝、英斗は歯を磨きながら自問した。緊急避難的な措置だとしても電車の時間をずらすのは負けを認めるようで、くやしくないか?
朝の一分、一秒が貴重な会社員はルーティンが崩れると、心身ともに調子が狂う。
「泣き寝入りなんかするもんか。あの鬼畜を返り討ちに仕留めて平和を勝ち取ってみせる」
エイエイオー、と自分を奮い立たせてから自宅アパートを後にした。ところが何歩も歩かないうちに背筋が凍った。視線が突き刺さる、銃口を向けられている強烈さで。
まさか……生唾を呑み込む。まさか例の痴漢が住所を突き止めて襲撃しにきた……?
わななく指でスマートフォンをミラーモードに切り替えた。背後の様子を窺って、ふにゃあと笑みくずれた。
星占いによれば、おれの今日の運勢は十二星座中、一位かしらん?
知らんぷりを決め込んで、英斗は殊更スタスタと歩きはじめた。あれで変装したつもりだろうか。帽子を目深にかぶってマスクをした程度で、おれの目をごまかせると思っているのなら、そんな浅はかな点も可愛いとにやついてしまう。
砂泥に擬態するヒラメよろしく、大雅が民家の生け垣にへばりついている。さらに電信柱の陰、自販機の陰、と路地をジグザグに駆け移りながら、ついてくる。
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