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第10話 片思いとは不治の病

 あの妙ちきりんな走りっぷりは忍者ごっこの気分だから、だとか?   ともあれ、ひきこもり同然の大雅が朝っぱらからうろついているのは、逆立ちする猫くらい稀少価値が高い。  悪戯心を刺激されて英斗は駆け足になった。まっすぐ駅へ向かうと見せかけて、いきなり十字路を曲がり、路上駐車のトラックを盾にしてしゃがむ。  焦ったふうな足音が梅雨空にこだまし、トラックの傍らを駆け抜けた瞬間を狙い澄まして「わっ!」と飛び出した。  大雅は、ぴょんと飛びすさった拍子に郵便ポストに激突した。英斗は噴き出した。今時、こんな古典的な手口に引っかかってくれるなんて奇特な話だ。 「おれんチの近所でばったりとか、奇遇じゃん。発明がらみの用事でもあるのか」  と、にこやかに話しかけつつ距離を詰めてマスクを引っぺがす。もはや他人の空似で、この場を切り抜けるのは無理。  すると大雅は、へどもどと眼鏡を押しあげて曰く、 「あー、気分転換と運動不足の解消を兼ねて散歩だ、散歩」 「地下鉄とJRを乗り継いで遠路はるばる? 食べ歩きのスポットやら水郷公園やら、散歩コースが充実してるタワマン界隈から、えっちらおっちらと?」  そうチクチクと言い連ねる一方で、帽子のツバでなかば隠された顔にすがるような眼差しを向けてしまう。  冗談でもいい。一ノ瀬に会いたさに駆られて遠征してきた、と言ってくれたとたん、きっと(たが)が外れる。  (かえ)る見込みのない卵を温めつづけるように、足かけ十年余も片思いをこじらせっぱなしだ──大雅にむしゃぶりついて洗いざらい想いをぶちまけても、 「誰が、誰に恋しているんだ」  真顔で問い返されるのがオチかもしれない。英斗は足下の小石をこつんと蹴った。  相手は発明マニアの恋愛音痴だ。恋心のメカニズムについてなら興味を持っても、それを自分と英斗の関係に置き換える可能性はゼロに近い。  しっとりと緑を濃くして、紫陽花が道ばたを彩る。と、大雅が帽子を脱ぎ去ったのを境に空気が張り詰めた。 「ここ最近、変事に悩まされてはいないか」  ずいと迫ってこられたぶん後ずさった。隠れイケメンの真剣な表情(かお)は迫力満点。ときめきという(もり)でもって、英斗を縫い留める。 「なあんちゃって」のオマケがついて切なさにハンカチを嚙み裂く羽目になっても、それはそれ。  ──友情に恋情という要素が加わった。  そんな甘い科白を囁いてくれないだろうか。縁結びの神さま、どうか不破に知恵を授けてください……。  興醒めなことにパトカーのサイレンが轟く。英斗はリュックサックを背負いなおした。社畜の哀しさだ。恋にうつつを抜かして遅刻した日には、査定にひびく。

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