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第12話 空回ってジタバタ

 やがてチャイムが鳴り、テルという源氏名の青年を部屋に通した。前払いで紙幣を渡す段で英斗は激しく後悔していた。  必要経費だとしても痛い出費だ。こんなアホらしいことに散財するより大雅を焼き肉屋にでも誘って、かりそめのデート気分を満喫するほうが遙かに有意義だ。 「おにいさん、好みのタイプだ。常連の指名とかぶらなくてツイてる」  媚びた上目遣いがキモくて、ぶつぶつとジンマシンが出た。プレイの内容を確認するにつれて、深ぁい墓穴を掘るイメージが浮かぶ。  英斗はツキツキと痛む胸を押さえた。大雅ひと筋の歳月を冒瀆(ぼうとく)するような愚行を犯して、おれは宇宙一の大馬鹿野郎だ。 「じゃ、プレイ開始。サービスしちゃお」  舞台は満員電車、密着して立つ乗客AとBという設定に基づいて、テルが背中にへばりつく。  ジーンズの中心が尻に押し当てられたとたん、オェッとなった。しょっぱなからアレルギー症状を起こすようでは、自主トレに励むもへったくれもない。  しがみついてくるのを力任せに振りほどくが早いか浴室に逃げ込んだ。 「ごめん、パス。帰ってほしい!」 「九十分コースでしょ、フルに遊ばなきゃ、もったいないよ。じゃあさ、洗いっこしてテンションをあげるのは、どう?」  ノブをがちゃつかせて押し入ってこようとするのを、内開きのドアを全力で押し返して阻む。それから数分後。テルは捨て台詞めかしてドアを蹴ってから立ち去った。 「めっちゃ高い授業料を払っちまった……」  ベッドまで這っていくのさえ、しんどい。英斗は浴室を出るなり、へたり込んだ。  全身、冷や汗にまみれて眩暈までする。テルに抱きつかれたさいの拒絶反応のレベルは、ゴ〇〇リの大群にたかられた、それ。  ゴ〇〇リを基準にするなら、痴漢に対して示した数値は、一匹踏みつぶした程度。  跳ね起きた。痴漢にさわられるほうが抵抗が少ないと感じる、その根拠はいったいなんだろう?   既視感の親戚みたいなやつか、乳首をつまんださいの、繊細な指づかいが記憶の襞をめくる。  行きつけの美容院、あるいは掛かりつけの歯医者で、あの指の感触を知る機会があった? それとも同僚と偶然、手をつなぐ形になったとき……? 「って、痴漢の正体は職場の誰かさんでした、は最悪。人間不信に陥るし」  デリヘル代に加えてホテル代も丸損だが、自宅でゆっくりしたい。なのでチェックアウトをすませて夜の街に踏みだす。  アスファルトは湿り気を帯びて、油臭い。やり場のない想いが澱む心象風景そのままに。

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