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第13話 底なし沼にはまってあっぷあっぷ

「どうせ、おれは玉砕するのが怖くて、告れずじまいのヘタレだ!」  ひと声叫んで大通りを駆け抜ける。いっそのこと小中高の卒業アルバムを処分する感覚で、きれいさっぱり恋心を葬ってしまえば、せいせいするかもしれない。  だが人生のおよそ三分の一を片思いに費やしてきた。イチ抜けたをするのは翼をもがれるようなもの。  行き交うカップルに羨望の眼差しを投げかけてしまう。と、うなじの産毛が逆立った。  大雅が、かくれんぼの鬼に扮したふうで今しも死角から忍び寄ってきつつあるのかも。そう思って雑居ビル、コインパーキング、暗がり……へと視線を走らせる。  とはいえ、やましさに苛まれる現在(いま)は、もしも本当に大雅と行き会う幸運に恵まれた場合、あたふたと逃げだす。 「あー、クソ。無駄づかいしたぶん、しばらく自炊生活で倹約だ」  ぼやき交じりに地下道に吸い込まれていく背後で、闇からしみ出したように影が揺らめいた。  忍びやかな靴音が英斗のそれと重なり、だが靴はおろか、それを履いた人物じたい見当たらない。枠からはみ出したように見えるレンズ状のものを、ただヘッドライトが照らすのみ。  それから半月ほどは平穏な日々がつづいた。もっとも世間に限ってのこと。英斗にとってはカサブタが傷口を覆うそばから、それを剝がされるのに似た毎日だった。  筆不精ならぬLINE不精の大雅が夜な夜なメッセージをよこす。これは天変地異の前触れだろうか?  しかも〝俺の前世はウサギだ、淋しさで死んじまうウサギの生まれ変わりなんだ〟という調子でおねだりされれば恋しさがつのる。  反面、かまってちゃんがウザい、と眉根が寄る。そのくせクライアントとの打ち合わせ中に胸がきゅんきゅんと高鳴るありさまで、恋の病は確実につぎのステージへと進んだ。  近くに用事があったついでだ。そう口実をもうけて大雅に会いにゆきたい。ところが禁断症状にのたうち回るときにかぎって早出プラス残業つづき。  そう、キューピッドがせせら笑っているように。  出勤時間が早まった副産物といえるのは、痴漢が出没する気配がないことだ。  サルスベリが咲きこぼれて街路が華やぎ、月が替わった。今日は絶対定時であがってタワマンへと赴き〝大雅〟を補給する。ある朝、英斗は決意を固めて駅へ向かった。  ところがコンコースの手前から長蛇の列で、改札を抜けるにひと苦労。架線トラブルの影響でダイヤが乱れて、休日の竹下通り並みにホームはごった返していた。  英斗は人混みを縫って歩くうちに、黄色い線の外側へ押しやられた。同時にラグビー選手クラスの、ガタイのいい男とぶつかった。

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