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第17話 もつれた糸をほどくと、そこには

    第4章  一夜明けても英斗の世界は崩壊したままだった。機械的に自宅を出て、午前七時四十七分発の特別快速に乗る。  定位置に立って吊り革を確保すれば、あとは地下鉄に乗り換える駅までベルトコンベヤー方式で運ばれていくだけ。  誰しも勘が冴え渡って、ときには間一髪で命拾いをすることさえある。原理は同じだ。泣き腫らした瞼をこすった瞬間、ぴっぴっと感知した。  特殊なコートに覆われた肉体じたいは透き通って見えるが、大雅がわずかな空間に割り込んだ気配──を。 「一ノ瀬に『おはよう』を言える特典がつく。朝活、万歳だ」  ひそひそと且つ、うきうきと話しかけてくるのを、むっつりとスマートフォンをいじってあしらう。喧嘩別れの、いわば元凶のくせして、いけしゃあしゃあと。  だいいち相手は透明人間もどき。会話に応じた場合、傍目にはぶつぶつと独り言を言っているようで、不気味だ。  息がかかって前髪がそよぎ、どきりとしても無視だ、無視。 「しつこく俺がさわるのに、もじもじと耐えていたときの表情(かお)。動画を撮りそこねたのが返す返すも悔やまれる……もとい、悪乗りした点は陳謝する」  英斗は吊り革に、ぎりぎりと爪を立てた。 「暴走するに至ったそもそもの動機だが『一ノ瀬ラブ、永久不変に一ノ瀬推し』が高じてのこと……十年来、べた惚れしているがゆえ」  棒読みで囁かれてもシラけるというか、うっとりと聞き惚れる自分に呆れるというか。やさぐれた気分を丸出しに、ここと狙いを定めた大雅の足を踏んづけて返した。  べた惚れだって? 好き好きビームを発射してくれた例しなんかなかったくせして、今さら口説き文句を安売りするのは狡い。  だいたい実は両片思いでした、めでたし、めでたしという結末なんか、安直すぎて顰蹙(ひんしゅく)ものだ。 「……リップサービスごときに、ほだされるかボケ。さっさと()ねさらせ」  と、凄むそばから実力行使に出て、特製のコートを剝ぎ取った。人ひとり、時空の裂け目をくぐり抜けた唐突さで現れたのだ。どよめきが起きるのをよそに、 「純潔、いや童貞を一ノ瀬に捧げることで本気度を示す。好きだ、添い遂げたい」  大雅はここが正念場だとばかりに、真摯な眼差しを向けてくる。  英斗は眩暈に襲われた。変人ぶりもチャームポイントのひとつに違いないのだが、満員電車の中でこっぱずかしい科白を吐き散らかしてくれるとは、臆面がないにも程がある。おれのキャパを軽ぅく超えている。 「場所柄をわきまえろ!」   見世物扱いにたまりかねて、つぎの駅で途中下車した。もちろん後につづいた大雅は、シッシッと追い払ってもついてくる。  どっと疲れた。英斗はホームの端っこにぽつんとあるベンチに腰かけると、リュックサックを座面にどさりと置いて、縄張りを宣言した。  そして、しゃちこばる大雅を()めあげた。

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