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第2話

◇11:20 涼 side 「桐谷先生、ミーティングお疲れ様でした。」 「ご同席ありがとうございました。」 「いえいえ、まだまだ先方は考えがまとまってない感じですね。本件長引きそうだなぁ。」 「先が思いやられます…」 朝イチのミーティングが終わり、資料と照らし合わせながら内容をまとめる。聴取内容、事実確認、証跡の確認、時系列、矛盾点…すべて書き終えて、集中力が一気に途切れた。 …コーヒーでも飲むか。 コーヒーマシンにカプセルを入れてボタンを押すと、地響きのような振動とともに事務所内にコーヒーの香りが広がる。 デスクを見ると、佐々木先生が肩を回している。 「佐々木先生も、コーヒー飲みます?」 「あ、ありがとうございます!お願い!」 コーヒーをもうひとつ作り、両手にカップを持ってデスクに戻る。 「小休憩、小休憩。どうぞ。」 「ありがとうございます。」 佐々木先生がコーヒーに手をつけたのを確認して、自分もコーヒーを一口飲み、目を閉じる。 …と、昨日の「下の階男」のことが脳裏をよぎる。 いや、なんで、このタイミングでアイツって…。 なんかちょっとムカつく。 「…しかも、ああいうのがなぜかモテるんだろなぁ」 しまった、口に出してしまった。 「…ん?桐谷先生が、恋バナ?!」 「いや、違う違う、違うんですよ」 笑って誤魔化すが、佐々木先生は完全にゴシップモードに入ってしまった。 「なんです?恋路を邪魔するライバルでもいるんですか?」 「いや、そういうんじゃないんですよ。」 やっちゃったな、と思いながらなんと言って話を変えようかと頭をフル回転させる。 「ほんとかなぁー!?」 「…バカな男ってなんかモテるんじゃないかなぁって疑問がね、つい口に出てました。」 事務の女性に「頭のいいイケメンがそれを言うと…ちょっと嫌味ですよ!」と、なんと言えばいいのやらわからないコメントをいただく。そして、佐々木先生はなんだか面白そうにしている。 「なかなかおもしろい観点だなぁ。男のちょっとしたバカってのは、不思議と色気になることもありますからね、本モノのバカは困ったもんですが。」 色気?色気、ねぇ… なるほど、ちょっとだけバカってのが大事なんですねぇ、なんて適当に返事をしながら、コーヒーを飲み終えた。 資料を確認してまとめ、カバンに入れる。 「午後は裁判所なので、外で昼飯食べて、このまま直帰します。お先失礼します。」 ◇12:30 隼人side 午前の点検、訓練業務を終えて、昼飯の時間だ。 消防士の仕事は朝に交代をし、次の朝まで丸一日の勤務になる。勤務中は外に出て食事をすることができないために、晩飯や次の日の朝ごはんは署内で自炊となることが多いが、昼飯は持ってくる人も多い。俺もほとんど自作弁当を持ってきている。 好きなものがいっぱい食えるとか、栄養面でいいとかそういうメリットもあるけれど、意外に料理自体が楽しいんだよな。 今の家に引っ越してきてからはキッチンが使いやすくてますます自炊にハマり、おかげでスーパーによくいくようになった。 昨日はびっくりしたけどね、ってか鶏には申し訳ないと思うけど。 卵、全部割れなくて助かった。 「おっ、卵焼きか?」 「はい!卵焼きと、ささみとブロッコリー。」 「相変わらずでかい弁当箱だな」 「だって食わないと、晩飯まで持たないですよー」 「…ひとつ、もーらい」 「あ!! もー…!」 卵焼きを食べながら、昨日スーパーでぶつかった「先生」のことを思い出す。 偶然もあそこまで重なると、なんというか。 帰り道、一致。 マンション、一致。 …まじおもしろすぎ。 ミネストローネ作るって言ってたけど、あのあと無事作れたのかな? てか弁護士って料理とかするんだな? 「お主も悪よの~」って言いながら外食してるんじゃないんだ。んなわけないか。 ぬかりないさわやかイケメン弁護士~って感じだったもんな。 …まぁ、俺の方がイケメンだけどさ! 「隼人さん、何百面相なんですか?」 にこっと笑いながら後輩の桜木が覗き込んでくる。 「ん?」 「顔面がうるさいな~って」 「なに?逆パワハラ?」 「事実を言ったまでです。」 「最近の若い子怖い!」 「…てか俺にも卵焼きくださいよ~♪」 「無理!これ最後なんだから」 「ちぇっ、冷蔵庫になんかあったかな…見てくるか…」 あからさまにしょぼくれられると…ねぇ? 「あーもう! やるよ、ほれ!」 「いただきまーす!!」 ◇18:00 涼side 久々に18時台に帰宅できる。 シャワー浴びて、昨日のミネストローネをあっためて、残りの鶏肉はどうしようかな、塩胡椒でもいいし、炒飯?いや、オムライス?なんて。 足取りも軽かった、のだが。 エントランスに入る寸前、マンションの植栽に「東京消防庁」と書いたTシャツを見つけてしまった。 「消防庁って…あいつ」 俺が拾うべきか? あいつのだとも限らない、と言い訳をしてみる。 あいつ以外にも消防士が住んでいるのだとしたら、このマンションは相当安全だな、なんてバカなことを考えてしまうが位置的にも俺の部屋の真下で、ということはおそらくあいつのものが飛んできたと考えられる。 このままここに置いておけばさすがにあいつも気付くよな?ほっとくか?いや、俺の正義感はどこに行ったんだ…?いや、これは別に無視というわけじゃ…。 はあ… 幸い濡れているわけでもない。 その場で軽く畳んで持ち帰った。 ◇ シャワーを浴びても時計はまだ19時前で、思わず小さくガッツポーズをする。 昨日の残りのミネストローネにもう一度火を入れる。主食は…卵、があったな。よしオムライスにしよう。 冷凍ご飯を電子レンジにつっこみ、その間に玉ねぎとにんじんと鶏肉を切る。フライパンの油があったまったところに具材を投入して、きつね色になったらご飯を投入する。 卵を見てやっぱりあいつを思い出す。 …そうだ、Tシャツ洗っといてやろうかな。 あいつの卵を半分割ったのは、俺のせいな気がするし。 いやでも、自分のものと洗うのも気が引けるし、あいつからすると、洗ってもらうってのも気持ち悪いのか? きっと洗ったのを干していたのだろうけどさ。 フライパンの火を弱めながら、スマホを手に取る。検索窓に文字を打ち込む。 【消防士 勤務形態】 意外と知らないものだ。 消防士の1日というのは、午前に交代をして、点検・訓練、午後は訓練や地域教育、なにかあれば出動、夕方に飯食って、あとは事務作業と、その後は一晩中待機で次の朝に業務終了か。 ……24時間勤務なんだな。 ということは、今日は帰ってこないのか。 フライパンをコンロの端に寄せて、ベランダに出てみる。心地いい夜風にあたりながら、何か自分に対して、しなくていい言い訳をするように、ひとつ小さくため息をついて下を覗く。 電気がついていない。 なんか笑っちゃうよな。 「……本当に消防士なんだな」 2話 おわり。

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