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第4話
そろそろ昼飯でも食べようかなと思った瞬間、スマホの画面が光る。
hayato :『おつかれさま。明日晩飯一緒に食べない?』
「あ…」
「どうしました?」
佐々木先生が目ざとく反応する。
「あー、…えーと、そろそろ昼ごはんにしようかなと。」
佐々木先生は左手をあげ、袖口に目を落とし腕時計を見る。
「ほんとだ。もう12時半か。」
「…私、ちょっと昼飯に出てきます。」
「いってらっしゃい!」
別にメッセージに返事をするためだけに席を外した訳ではない、と自分に言い聞かせる。
明日から4日間の出張のため、今日は弁当も作っていないし、夜も外食で済ませる予定だ。出張前はできるだけ冷蔵庫を空にしたい。
明日の晩飯を誘ってくるということは、きっと今日は当番の日なのだろう。今日なら、行けたんだけど…。
しかしこの三嶋隼人という男は、いきなり飯に誘ってくるなんて一体…他人とどんな距離感で生きているんだろうかと不思議で仕方ないが、あいつはともかく人と飯を食うことに抵抗がないんだろうと考えた。きっと当番の日は、大勢で食べているのだろうし。
事務所がある大通りから裏道に入り5分ほど歩いたところのイタリアンレストランに入る。2F席はテラス側が空いていて、窓際の2人掛け席に通される。
早く返事をしないと、向こうの昼休みが終わってしまうだろうか。少し急ぎ目にランチメニューからパスタを選ぶ。カルボナーラにサラダとスープ、飲み物はホットコーヒーにした。
注文を終えて水を一口飲み、メッセージアプリを開く。続けてもう一度、メッセージが届いていた。
hayato :『実家から大量の食材襲来につき協力要請』
思わず口もとがにやけてしまう。
なぜこんなに楽しい気持ちになっているのか、よくわからないけれど。
桐谷 涼:『こんにちは。要請を受けたいところだけど明日は難しいです』
返事、くるかな。
ピコン
hayato :『俺フラれた?』
桐谷 涼:『フラれたね』
あいつ、どんな顔で打ってんだろう。
hayato :『予定があるの?』
桐谷 涼:『明日から出張』
hayato :『じゃあ部屋はアルソックしとくわ』
桐谷 涼:『明日休み?』
hayato :『うん。出張からはいつ帰る?』
桐谷 涼:『4日後』
hayato :『先生どこに行くんですか?』
「お待たせいたしました。こちらサラダになります。」
テーブルにサラダが並べられる。食べ終わると同時にスープ、カルボナーラと揃う。時計を見ると13時を過ぎてしまったために、次にあいつがメッセージを読むのは夕方になるだろう。
最後の一口を食べ終わって、返事を打ち込んだ。
桐谷 涼:『香港です』
◇
ほとんど始発のような電車で成田に向かいながら、まだ明けそうもない空を眺めていると、つい、まだ仕事中であろうあいつのことを考えてしまう。仮眠ができたのだろうか、出動の多い夜だったのだろうか、いやいやなんで俺がそんなことを考えているんだよと自分にツッコミをいれる。
昨日、仕事終わりにスマホを見るとメッセージが大量に入っていて『香港いいな!』『よく行くの?』『俺も行きたい』『今度連れてけ』『飯の写真送って!』『明日は香港のYouTubeでも見るわ』等、彼らしい発言が怒涛のように連なっていた。いや、ストーカーじゃねぇんだから。
これ以上勤務中に返しても迷惑かなと思い結局返事ができていなかったが、なんて返しておこうか。
『香港はよく行くからうまいものの案内はまかせて』、送信。
純粋に消防士という職業はすごいな、と思う。
昨日の昼に連絡が来て、俺はそれから仕事を終えて晩飯を食って風呂に入って寝たわけだが、あいつはまだこの時間でもまだ勤務時間内で。
そんなこと誰にでもできるだろうか。確かに俺も仕事に対して誇りを持って励んでいるが、命のかけ方は物理的に全く別の種類のものと言える。
こんなにも近くに住んでいるのに、なんだかとても遠くて違う憧れの世界に住んでいるひとという感じもする。小さい頃憧れた特撮ヒーローとかに近いような、俺からするとあいつはそういう世界にいる。
出国手続きを終えて制限エリア内に入る。ギラギラした免税店もまだほとんど人がおらず、がらんとしている。人の少ない早朝便の待合席は座り放題だ。コーヒーとサンドイッチを買い、飛行機がよく見える位置に座る。
「…あいつと飯食ってみたかったな。」
これは久々にできた新しい友達、ということなのだろうか。もしかするとものすごく気が合うのかもしれない。もう友達なんてものはできないと思っていたが、面白いこともあるもんだよな。
『…has been changed. The flight will now be leaving from gate 26.』
搭乗口が変更になった。
サンドイッチの包み紙を丸めてゴミ箱に捨て、26番ゲートに向かった。
◇
香港国際空港から香港駅直結の快速電車に乗り、途中で乗り換えて尖沙咀のホテルを目指す。基本的に顧問先は香港島のほうにあるのだが、ホテルはいつも九龍半島側に取っている。カオスが広がる九龍半島側は、その魔力で何もかも吸い込んでくれるような魅力がある。
日本と香港は1時間の時差があり、日本の方が1時間進んでいる。今日は移動だけで、ホテルにチェックインすると16時半だった。明るく清潔なツインルームで、大通りがよく見える部屋だ。
多少の荷解きをして飯にくりだそうか…。
日本は17時半か。
ピロン
スマホに通知が入る。
hayato :『無事着いた?』
メッセージアプリを開く。
桐谷 涼:『仕事お疲れ。ついたよ』
hayato :『今から電話していい?』
部屋に備え付けてあるミネラルウォーターを開け、一口飲む。
桐谷 涼:『いいよ』
窓向きに備え付けられたワーキングデスクに座ってカーテンを開けると、香港の曇り空が広がっている。バッグから変圧器を取り出し、充電器やパソコンをセッティングしていると、電話が鳴りはじめる。
「…桐谷です」
『はやちゃんでーす』
「…なにがはやちゃんだよ」
ついつい笑ってしまう。
寝起きを思わせる声で、おそらく夜勤明けの仮眠をとったのだろう。
「おつかれさま。」
『そっちもお疲れ…ってかすげーな!香港でも普通に話せんだね!』
「そりゃねー、便利な時代だよ。」
『今日職場で香港は飯がうまいって先輩に聞いたよ』
「飯うまいよ。アジアじゃ日本の次かもな」
『まじ?最高じゃん。俺、高校の修学旅行でオーストラリアに行ったくらいでさ、海外いいね。涼から昨日香港って聞いて、あーなんか海外、色々行ってみたいなってすげー思ってさ、今度いろいろ教えてよ。』
涼、か。
「…ってか今日悪いね、せっかく誘ってくれたのに。」
『全然、むしろいきなりごめんって感じだよ』
少し勇気を出して、言葉にする。
「…あー、帰ったら、協力要請に応じたいと思いますんで。飯食いに遊びに行くわ。」
4話 おわり。
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