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第5話

◇ 桜木 翼 side 2年前に配属された日から今日まで、隼人さんに対する印象は何ひとつ変わらない。全力で、仲間想いで、判断力と行動力があって、人懐っこくて優しくて、それなのに観察力があって、でもちょっと天然っていうか。あとフィジカルがイカれてる。…褒めすぎ? ある日、隼人さんに対する通常男同士で抱く類のものではない気持ちに気付いてからは、しばらくしんどかった。なんで俺は男に生まれたんだろうと思ってみたり、じゃあ女に生まれたかったかと言われると別にそういうことじゃないし。男だからこそ、こんなにもこの人の近くにいられるんだよなと思ったり。ゲイビデオを見てみたりもしたけれど、特に男だからという理由で隼人さんのことが好きなわけではなさそうだった。…隼人さんにこんなことされたら、と考えたらヤバかったけど。ま、よくあるような同性愛に気付いてしまった人が人並みに悩むようなことは悩み尽くしたというわけ。 だから開き直ることにした。隼人さんの平穏と幸せのためにも俺はこの気持ちを墓場まで持っていくつもりだし、後輩である立場を利用して抱きつくし、おんぶしてもらうし、服はでかいけど勝手に借りてるし、弁当は横取りするし、飯も奢ってもらう。あとたまにだいすきーとか棒読みで言ってみたりしてる。その代わり、絶対に本当の気持ちは伝えないから許してほしい。 周りも隼人さんと俺は距離がバグっててこんなもんだと思っているから全く何も言わないし、まさか俺がこんな気持ちでいるなんてことは誰もわからないだろう。自慢じゃないがポーカーフェイスだけは自信がある。 もちろん、俺がこんなことをやってのけられるのは、絶対にこの気持ちを伝えないと決めているからで、ならいっそ、この立場を利用して好きなひとと楽しく生きているだけで、本当に単純にそれだけの話。 この先隼人さんに彼女ができても、俺は何も変わらない。…いや、本当のことを言うと1回はボロボロになって拗ねるかもしれないけど、俺は絶対にこの気持ちを伝えないという十字架を背負う代わりに、この距離を手に入れているのだと心している。 朝の交替が済み、ロッカーに戻る。 「隼人さーん」 「はいよ」 「お疲れ様です」 「おつかれさま」 「今日ジム行って飯行きません?」 「いいよ、何時?」 「17時にジム集合でどうすか。」 「おっけー、何食う?」 「…焼肉?」 「…焼肉?ってなんで疑問系よ?」 「隼人さんの奢りなのにいいのかなって」 つばさぁ~と言いながら肩を組まれる。 「行くか、焼肉!」 シャワー浴びたての匂い。 ちけーんだって。 ほんとにもう。 ◇ 涼side 18時。 あっという間に香港での3日目が終わり、顧問先のビルから大通りに出ると少し冷たい雨が降り始めた。12月でも日本に比べれば随分と暖かいが、レインコートを着てくればよかったかな。 あっという間に明日が帰国日だ。今日はどこかで晩飯を調達して、ホテルで作業をしよう。 MTR香港駅から尖沙咀まで2駅。 香港に着いた日に隼人と電話をして、それからというもの暇さえあればやりとりをしていた。 びっくりしたのは年齢で、まさかの32歳、同い年だった。そりゃ気も合うはずだよなとなんとなく腑に落ちた。社会に出ると、見てきた時代が同じという人によく会うというのは大企業にでもいない限りほとんどなくなるように思う。特に弁護士同士は狭い世界で同期と言っても合格年も登録年もバラバラで、さらに顧問先もクライアントも、同い年の人はどこにいるのだろうかと思うくらいに会うことがない。 スマホを確認する。 hayato :『おつかれ!明日成田?』 待ってくれている人がいて、帰るのが楽しみだというのはいつぶりだろう。 駅に着いた。にやけるのを抑えてスマホをバッグにしまう。解放された羊のように大勢の人とともに電車の外に押し出された。 ◇ 隼人side 久々に翼と飯にきた。 かわいい後輩が仕事終わりに「焼肉」とかいうパワーワードをぶっこんでくるもんだからから、単純な俺はめちゃくちゃ焼肉が食べたくなった。その代わりジムではいつもより追い込んで、きっちり筋肉に変わってもらおうということでいつもより30分長く1時間の入念なトレーニングのあとの約束通りの焼肉だ。横で注文ボタンを連打するこのかわいい後輩は、俺の奢りだから今日は遠慮なく食べるらしい。 翼は7つ下。優秀だとお札付きでうちの部隊に配属されて2年、普段はかなりふざけてあっているが現場では真面目ですっかり俺の相棒だ。普段からもよくジムだ飯だと一緒に行動している。 「隼人さんさ…なんか最近よくスマホ見てません?」 「なんかトモダチ?この歳になってトモダチってのも変?」 「別に変じゃないでしょ…女?」 「いや男!」 「…ふ~ん」 「なんだよふ~んって」 「いや別に?隼人さんは俺のもんだし。」 「はいはい、いい子いい子」 焼き上がった肉を翼のお皿に乗せる。 ついでに野菜も乗せる。 翼はビールを一気飲みする。 「あ~~~隼人さんには結婚してほしくないな~~~」 「そんなこと言って翼の方が先に結婚しそうだよなー。」 「どうかな~」 「はい、焼けたぞ!食え」 まだ高校生のような雰囲気の残る翼の容姿から、一瞬こいつに酒飲ましてよかったんだっけ、と心配になる。 翼、だいぶ飲んでんな。 ◇ 涼side ホテルの明かりをつける。このままベッドに倒れ込みたい気持ちを抑えて、ジャケットをクローゼットにかけ、バスタブにお湯を貯める。 疲れていて面倒だが、昨日今日のミーティング内容や資料をまとめ直し、月曜以降すぐ動けるように形にしておく。話した量が膨大で、さらに英語でのやりとりを日本語に直さなければいけない部分があったり、その逆もあったり。その上で資料はたまに広東語ということもある。どうしても土日を挟むと気が緩むため、月曜日の自分のために助け舟を作っておこう。 ピロン hayato :『成田に何時?』 桐谷 涼:『20時半くらいに成田に着くから家には22時頃になるかな』 hayato :『OK迎えにいく!』 「え?」 これはなんて返せばいいんだろう。 桐谷 涼:『いや、成田遠いよ』 hayato :『荷物もあるでしょ』 「いや、あるけど…」 桐谷 涼:『大変だよ』 hayato :『出動は日常茶飯事なので問題なし』 「さすが特撮ヒーロー…」 5話 おわり。

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