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第7話
隼人と一緒に飯なんてとんでもないという状況になってしまった。…と、思っていたのに、隼人の押せ押せな性格に引っ張られた。数日は何かにつけ予定があるとはぐらかしたが、ついに今日の夕方、隼人の部屋で2人で晩飯を作ることになった。
男性に対してこんな感情を抱いていることに、自分の中でまだ全く整理ができていない。
この前、隼人の学生時代の話を聞いて、不意に俺の学生時代の気持ちを清算することになってしまったが、果たして俺は昔から、所謂同性愛者なのだろうか?でも待ってくれ、1年前に別れた彼女も含めて人並みに女性経験もあり付き合ってきた女性もいたわけで。
そんなことを言いながらも、じゃあ風呂上がりの隼人の上半身を思い出してみろと言われたら、言い訳ができない。
はぁ、切り替えて仕事にしよう。
「桐谷先生、どうしました?ため息なんかついて。」
「いえ、年末ですね、なんだか頭が煮詰まるなぁ。コーヒーでも飲もうかな」
「ふふ、今日は私が淹れますよ」
「え、ありがとうございます」
窓の外を見るとすっかりクリスマスの雰囲気で、あっという間に年末だなとしみじみする。
「どうぞ、」
「すみません、お願いしたみたいになっちゃって」
「何を言いますか、いつもやっていただいて。」
第一、隼人からすると気持ち悪いよな。
ただの友達だと思ってる俺が自分に対してこんな感情を抱いてしまったなんて知ったら。
隼人は翼くんともあのノリで、きっと誰にでもこんな感じなんだろうし、なにかの間違いでさっさとこんな気持ち消えてくれないかな。
とりあえず、夕方まで全てを忘れて仕事しよう。
◇18:40
仕事は年末に向けて忙しく、驚くほどあっという間に時間が過ぎた。
隼人の家の玄関前で深呼吸をする。
ピンポーン。
がちゃり。
「おつかれさま、上がって」
隼人が玄関に出迎えにきてくれる。
シャワーを浴びて部屋着に着替えてきたが、隼人も髪が少し濡れていて風呂から出たところという感じだ。
意識するな意識するな。
「何作るの?」
「まだキャベツが丸々ひと玉あってさ」
「キャベツ?」
「2丁目の商店街の角に肉屋さんあるじゃん?あそこでうまそうな豚ロース見つけたから、生姜焼き作ろうよ。」
俺と生姜焼き作ろうと思いながら肉屋に行ってきたのかと思うと不覚にも可愛いと思ってしまった。
それにしても、ドキドキしっぱなしだったりしたらどうしようと心配だったが、いざ会ってみると一緒にいる楽しさの方が勝ってしまっている。そうか、俺はそもそも隼人と一緒に話してること自体が好きなんだな。
いや、やばいな。俺はこの人のことが好きなのか。
だから、意識するな意識するな…。
隼人は手際よく調理を進める。玉ねぎの皮を剥いて柵切りにし、次は生姜を皮ごと洗っている。プロの料理人の手元を見ているようだ。
「なんでそんなに料理できんの?」
「あー消防関係は自炊できる率高いかもね」
「でも誰でもそうはいかないでしょ」
「好きなのかもな、案外」
「そうかぁ…負けてらんないなぁ」と、笑うと、「そこ張り合うんだ、」と隼人が笑っている。
「俺が千切りやるわ」
「できる?」
「できるできる」
キャベツを半分に切り、もう半分に切る。1/4にしてから芯を落とし何枚かづつまとめて千切りにしていく。
ああ袖口が落ちてきて切りづらいな、と袖口に気を取られた瞬間に「待って」と右側で生姜をすりおろす隼人に声をかけられる。
「ん?」
隼人がおろし金を置いて左手を伸ばしてくる。
「袖」
俺の右袖を肘のあたりまであげてくれる。
「反対」
言われるがまま左腕を差し出すと、左の袖も肘の上まで上げてくれた。
◇
生姜焼き、キャベツ、白米、味噌汁。
「いただきます」
「いただきまーす!」
ひと口食べて驚く。
「え…うますぎじゃない?」
「でしょ?三嶋家秘伝のレシピ」
三嶋家か。
「…隼人って兄弟は?」
「姉ちゃんとやんちゃな弟に挟まれてんの。大変。」
「へえ。お姉さんはなにやってんの?」
「看護師。もう結婚して子供もいるんだよね。俺、オジサン。」
「はは、いいことだよ。弟さんは?」
「弟は次の春から海上自衛隊。」
「パワフルな3兄弟だなー」
「涼は?」
「俺は3つ上に兄貴が。アメリカで会計士してる」
お前んとこもイメージ通りだなーと笑いながら隼人が立ち上がり冷蔵庫を開ける。
「飲む?」
「…飲む」
◇
気付いたらずいぶんと飲んでいた。
お互いの仕事の話や翼くんの話、香港の話、小さい頃のテレビやゲーム、学生時代の話、何も飾ることなく思いっきり同年代と話をした。楽しくて酒が進んだが、かなり酒に強い隼人とは対比的に、こちらはあっという間に酔いが回ってしまった。
ゆっくり目を開けると部屋が暗く、玄関の電気と街灯の灯りだけになっていた。掃き出し窓から外の冷たい風が少し入ってきている。
話の途中で寝てしまったようで、肩からブランケットがかけられていた。
「ごめん、俺…寝てた…?」
隼人が俺の横に移動してきていて、壁を背もたれに体をこちらに向けて1人で飲んでいる。机に突っ伏したまま見上げるとしっかりと目が合う。
「いいよ、寝てて」
「はやとは」
「ん?」
「なにしてんの」
「…ここで涼のこと見てる」
「なんで」
「見てたいなって思ったから」
「ふふ、なにそれ」
「なんだろなぁ」
じりじりとしている。
溺れそうな感覚に飲まれないよう、ひと呼吸置く。酒のせいなのかな。なんと言っていいのか、次どうすればいいのか気持ちが処理できなくなる。
そうしようと思ってしたわけではない、でも、俺は突っ伏したまま、隼人が机に置いている右手に俺の右手を伸ばしていた。
大きな手の上に俺の手を重ねると、ゆっくりと覆い被せるように握りかえしてきた。
そして少しためらうような手つきで小指と薬指を絡めてくる。俺はその動きを目を逸らさずに見つめる。
見つめられたまま話しかけてくる。
「何してんのって思う?」
「うん」
「俺も何してんだろって思ってる」
ふはは、と2人で笑い合う。
隼人が指を一本一本絡めてくる。
右手と右手がつながり合う。
「これは反則だな」と隼人を睨んでみる。
「なんで?」
「モテるんだろうなーこいつって思うから。」
「…まぁ、かっこいいしな」
「ムカつく」
「もうちょいそっち寄っていい?」
「ダメ」
隼人が距離を詰めてくる。
俺よりひと回り大きい身体にブランケットごと優しく抱き寄せられる。感情の処理が追いつかず逆に普段より頭の中が静かだ。冷たい風が窓から入ってくるが、隼人の腕の中は暖かい。
「いやならぶっとばして」
隼人がさらにぴたりと身体を近付けてくる。
「あのさ、はやと、俺、男だよ」
「うん」
上体を起こし、隼人の首元に顔を埋める。服の上からでもわかる引き締まったしっかりとした胸板が芸術品のように美しく逞しい。背中に手を回すと、隼人も俺の背中に手を回してきた。
「どうなっちゃうかな」
「やばいと思う」
第7話 おわり。
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