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第8話

昨日、無防備に眠る涼のその存在感に吸い込まれるように見入っていた。俺はこの人のことが好きなんだなと、すんなりとその事実を受け入れた。 だいぶ酔いが回っていたようだったから、少し室温を下げようと掃き出し窓を開けて冷たい空気を入れた。寒くなって目を覚さないように、ブランケットをかけた。そして、…この感情を持つのは俺だけじゃないことがわかった。 俺の首元に顔を埋める涼から寝息が聞こえてきて、そのまま30分くらいもたれかかって寝ていたと思う。涼の寝顔を見ながら残りの酒を飲み干し、日付が変わったので声をかけた。開口一番ここで寝たいけど歯磨きしなきゃ、と。 帰る間際に夜勤明けにどうしても会いたいと約束を取り付けた。 「俺も会いたいに決まってんじゃん、早めに帰る」 ◇ バタンッ! 署のロッカーを閉める。 「おはようございます!」 「おはようござーす」 「おはようございます!」 「おはようございまーす」 「はよっす隼人さん」 「おはよ!」 「俺昨日の夜電話したのに」 「まじ、完全に気付いてないわ」 「…チッ女遊びかよ」 翼の頭を撫でて「先行くぞ!」と声をかけた。 初めて彼女ができた時、弟にどこに行っていたか聞かれても何も言わなかったことを思い出した。 ◇ 明け方に木密地域で発生した住宅火災の延焼が止まらず、3軒目まで燃え広がり完全に鎮火するまで3時間を要した。これは年に数回あるかないかの大きな火事で疲労と興奮で少しハイになる。 朝10時、さすがにくたくたで、やっと帰宅できた安心感でろくに着替えもせず自分のベッドに倒れ込む。 疲れ切っているのに、寝ようとしてもなかなか寝付けずに神経が昂る。まだ皮膚の表面に炎の感覚が残っていて、耳と首が熱い。 目を閉じたほうがチカチカと眩しく、炎の残像に脳を焼き尽くされそう。 次第に身体にこもる熱が、一昨日の涼の体温とリンクし始める。指先の感覚と首元にかかる息づかいを思い出すと身体の奥がどんどん熱くなり、脳みそだけでは処理しきれない熱になって襲いかかってくる。 「…んー…」 1人の時に吐き出す欲望ほど煩わしいものはないのに、右手が下半身に伸びる。 涼の指の感覚が、鮮明に蘇る。 なにやってんの俺、指の感覚だけでこんな。 「っ…」 あのままキスをしていたらどんな反応をしていたんだろうか。 じゃあ、それ以上は?涼は一体どんな顔をするだろう。撫でたい、舐めたい、見たい、欲しい、ーーーーー。 下着が冷たくて気持ち悪い。 「あー…最悪…」 ◇ やっと眠れたのが11時頃で、14時に目を覚ました。身体がまだ熱くてだるかったが、起き上がって風呂に入り部屋の掃除をした。顔と耳と胸の辺りが熱い。 洗濯を回しゴミ捨ての準備をしてひと通り家事を終え、買い物に出かける。 なんかすっかりクリスマスじゃん。 少し時間のかかるものが作りたいなと思い、カレーの材料を買った。 涼を待つ間、煩悩と戦いながらカレーを作ろう。 非番の日は長いようで短い。 ◇18:20 チャイムが鳴る。 玄関を開けると、仕事終わりに荷物を持ったままの涼が立っている。 「…先に会いたくて」 「おかえり!」 「た、だいま」 「ドア閉めよっか」 玄関のドアを閉める。 涼が俺の顔をもの珍しそうに観察している。 「頬が赤いね」 「今朝の現場3時間かかったから」 やっぱりあれ隼人のとこもか、ニュース見たよと言いながら頬に手を当ててくる。冷えきった涼の手が気持ちがいい。 「よく冷えてるだろ」 「気持ちいい…」 涼の両手を取って自分でその手を両頬に当てると少し困ったように笑っている。 なんだかたまらない。 「涼、あのさ」 「ん?」 「…キスしてもいいかな」 「…ふふ、どーぞ」 涼の肩にかかる重そうな荷物を取り、床に置く。 「恥ずかしい?」と聞くと、 「かなり」と下を向く。 ゆっくりと唇と唇を重ね合わせる。 重ねただけでお互いに息が漏れる。 深くならないよう我慢しなきゃと思うのに、どこでどう止めればいいのかわからなくなりそうでこわい。下唇を舐めるとあきらかに涼の息が上がる。手を重ねて指を絡ませると、更に涼の息が上がる。 脳みそがちかちかする。 唇がやわらかい。 「…っまてはやと…」 戸惑うように離そうとする唇を逃すまいと壁に追い詰める。苦しそうに開いた口に衝動的に舌を入れる。涼の舌を吸い上げるように絡ませて粘膜を舐める。やばい気持ちいい、ダメだこれ以上やったら。色々止まらないからストップ。 「っちょ、っと…」 「…ごめん」 涼に倒れ込むように抱きつく。 「はやと」 「やりすぎ…た?」 「いきなりこんな…のは想定外だって…!」 ◇ 「今日カレー作った」 「すごいいい匂いしてるもん」 「はやちゃんの煩悩カレーっていう名前つけた」 「なにそれ(笑)」 「(笑)」 8話 おわり。

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