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第9話

隼人と初めてキスをした。 今までの人生で俺がしてきたキスとは一体なんだったんだろうと愕然とするような、…端的にいうと、隼人はうますぎる。俺はとんだ色男に捕まってしまったのかもしれない。…最初のたった数秒で本気で殺されるかと思った。 俺も男なのでわずかながら持ち合わせていた全自信をなくすと同時に、世の女性たちが「私、キスだけで…」ということがある、と言っているのがわかってしまった気がする。 末恐ろしい。 炎の照り返しの熱も相まった火照る顔で夢中で迫ってくる姿は、純粋な欲望のかたまりみたいで清々しく、美しいと思った。 隼人の中には純度の高い理性と純度の高い衝動が同時に存在していて、それが高い解像度のまま一気に自分の中に浸透してくる感じがした。 そんなふうにあてられるとこっちは立っているのがやっとな状況で、隼人を受け止めるのに必死になって気がつけば俺も同じ温度まで引き上げられていた。 多分あのままあと10秒キスが続けば、もう何をされても抵抗できなかっただろうと思う。思い出しただけで身体が反応し始める。 情けないけど…隼人の歴代のキスの相手に嫉妬してしまうかな…。 あのキスをして以降の俺たちの関係はいまだ定義がないな、なんてことも考える。隼人はどう思っているんだろうか。 ただ、定義したくない気もしている。俺は隼人に会いたくて、隼人も俺に会いたくて、その気持ちの行き場が何かを重ねることなのだとしたら、それはもう関係に名前をつけるよりもよっぽど、それだけで価値があるとも感じる。 …でも、だ。 俺以外の誰かとあんなことをすると考えると、感じたことのない暗い感情が心に押し寄せてくる。おかしいな、今までお付き合いした女性には「嫉妬や執着をしないところも好き」と言われていたのにな。 無論、関係で縛ったところで誰かを縛り付けられるわけではないのだけれど。 ◇ 今日は日曜で隼人も俺も休みだ。 昨日、お互いどちらともなく明日はどうするという話になり、日曜は朝から草野球の助っ人に行くから昼から会おうと言われた。 昼から会えるのは初めてで、長い時間一緒に過ごせることも嬉しいが…野球してるところ、見たいに決まってる。隼人が野球するなんてどう考えても見たいに決まってる…! 近くのグラウンドだし見に行ってもいいよね。ちょっとくらい。 誰に言い訳をしているのか自分でもわからないが、隼人見たさに朝食後グラウンドに向かった。 ◇ よく晴れて風が冷たい。 本塁と一塁の間くらいに、座って見れそうな場所を見つけた。スコアを見ると、試合は8回のようだ。 相手ピッチャーはなかなか強敵そうで、多分高校野球出身者だろうというようなフォームと球速でテンポよく投げているが、そんな相手に隼人のチームも健闘していて、2アウトから2人続いてヒットが出た。 いいところで隼人に回る。 なぁ、お前はどんだけヒーロー気質なんだ?? 「はやとーーーー!!!」 「特大お願いしまーす!!!!!」 「頼んだぞ助っ人ーー!」 観客席にいる老若男女とチームメイトから大きな声援を受けてバッターボックスに向かう。 遠目からでもよくわかる大きい背中、綺麗なバッティングフォーム。バッターボックスに立つ姿は圧巻で、ザ・スポーツマン体型のユニフォーム姿は相当サマになっている。思っていた以上にかっこいい。 ボール。 ストライク。 ファール。 ボール。 ボール。 キィィイン!! 隼人のツーベースヒットで走者2人が帰りあっという間に2点入った。 次のバッターが打席に立つ。隼人は引き続きセカンドで盗塁のチャンスを窺い、ピッチャーが投げたと同時に一気に三塁に走り盗塁を成功させた。 が、そこでバッターアウト。 交代になったので隼人がホームに走って帰ることはなかったが、打って盗塁しての派手なプレーは文字通り助っ人という感じだ。 ベンチに帰る後ろ姿を見て、ふいに俺に迫ってきたときの隼人を思い出してしまう。 体温、息づかい。 あーーーやめろやめろなにこれ。やめやめ。 「あれ、涼さん?」 1人でテンパっていると翼くんが声をかけてくれる。 「おっ、翼くん、おはよー」 「おはようございます、試合見に来たんですか?」 一瞬否定しそうになるが、それも変な話だよな。 「…そうそう、目が覚めたから試合見てみようかなって。…しかしすごいね消防士さんは。」 「…ムカつくくらい活躍しますよね。…やりすぎだぞ隼人ーーーー!」 翼くんが大きい声でヤジを飛ばすと交代の準備をしながら飲み物を飲んていた隼人がこっちを見る。翼くんと、俺にも気付いたのか大きく手を上げてくれる。 「よかったら、ベンチきます?」 「え、邪魔じゃない?」 「多分最後俺がセカンド入って隼人さんがピッチャーするんで、行くなら今がチャンスです」 「ありがとう、行こっか!」 ◇ ベンチに入ると隼人がベンチ前でピッチング練習していたのをやめ、軽くグローブを上げながら俺の方に寄ってきた。 「そこ俺の荷物だから、そこ座って」 グローブが指す方を見ると隼人の荷物があった。 「がんばって」 「いってきまーす!」 無造作に置いてあるタオルをたたんでバッグにしまい、そこに座った。 ◇ 隼人がマウンドに上がり投球練習を始める。 よく自分で「俺はかっこいい!」と無邪気に言ってるけど、堂々とマウンドに上がる姿を見るとこれならそう言ってもいいよなぁと笑えてくるくらい。本人は半分ギャグなんだろうけど。 翼くんはセカンドに入った。運動神経抜群なんだろうなと構え方でわかる。練習として数回、隼人と翼くんがキャッチボールをする。 2人、ナイスコンビってかんじだな。 さっきの隼人のツーベースヒットで現在隼人チームが1点リード。このまま抑えたら勝ちになる。 ◇ 翼side 9回、隼人さんは抑えのピッチャーに指名され、俺がセカンドを変わった。守備位置に着くと後ろ姿がよく見えた。長身から繰り出される豪速球。久々の登板だったが、なんなくきっちり守りきり1勝をあげた。 これから打ち上げの飲み会に行こうよと誘い合う声が上がってるけど、今日は用事があるのでパス。どうやら隼人さんと涼さんも誘いを断るようだ。 彼氏探しにきているんだろうなというような数人の女の子たちは、イケメン2人の辞退に残念そう。かわいそうに。 涼「翼くん、このあとの飲み会行くの?」 隼人「いや、こいつ今日この後用事だって」 翼「2人こそいいの?女の子残念そうですよ」 涼「確かに隼人がいないのは主役不足感あるだろうね」 翼「ねー?」 隼人「俺も今日は大切な約束があるんですー」 翼「…なに?セフレ?」 隼人「お前はほんとに(笑)」 半分本気で言ってんだよね。 最近、なんか違うんだよな。 ◇ 涼side 試合後、そのまま隼人の部屋にきた。 「汗だくだわ、風呂入ってきていい?」 「うん、いっといで」 部屋は少しひんやりとしているが、隼人は構いもせず上の服を脱ぐ。機能美のような筋肉が、電気のついていない部屋で色っぽく汗ばむ。 …なぁ。わざとか?わざとなのか? 「涼」 「なに?」 「…一緒に入る?」 「……殺す気?」 「うそうそ」 隼人は無邪気に笑いながら風呂に向かう。 くっそ。 9話 おわり。

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