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第10話

もうすぐで炒飯が完成する、というタイミングで隼人が歌を歌いながら風呂から上がってきた。 …君は歌も上手いんだな。 「さっぱりした?」 「うん、…チャーハン?」 「そう。かんせい〜」 「うまそ…」 「知ってる?炒飯に福神漬付けるの、西日本」 「そうなの?あれってカレー用じゃないの?」 「炒飯も合うらしいんだよね」 「今度やってみるか」 火を止めて盛り付けると、隼人がさっとお皿をテーブルに運んでくれる。 「いただきまーす」 「いただきます」 「ねぇ、休みの日なにしてんの?」 隼人が唐突に聞いてくる。 「…映画行くことが多いかも。」 「へー。映画館で見るの?」 「どっちもかなー、休みの日じゃなくても仕事帰りにかけこみレイトショーしたり」 「いいね、かけこみレイトショー」 「手っ取り早く現実逃避できるからね」 「いいじゃん、人生は切り替え大事よ」 「隼人が言うとなんかすごく説得力ある」 「どゆことよ」 「…よっ!切り替えの天才!」 「褒められた気がしないな〜最近映画見てないから久々に映画見たいかも」 「なんか見る?家で見てもいいし映画館行ってもいいし」 「おすすめある?」 隼人とこんなふうになってから観た映画が1本ある。刺さりすぎて、正直言いたくないくらいの。 「Call Me By Your Name、」 「洋画?」 やっぱ言うんじゃなかったかな。 「…うん、あーでもあれは、今日はやめとこう」 「え〜なんで?どんな話なの?」 「男同士の…だね」 「…へぇ」 「隼人みたいなイケメン出てくるよ」 「…かっこいいって思った?」 「思った」 「あー?!なにそれ!聞き捨てなんねー!」 うーん。 今朝巡った思考がもう一度巡る。 この世にはわからないままでも前に進まなければいけないことがあるということはいい歳をしているのでよくわかっているが、こと自分ごととなると目を瞑って前に進むのは勇気がいる、ということもある。結局、ずっと何度もぐるぐると考えている…。 ほんとに、この関係に名前は別にいらないと思っているのにな。 まず、隼人は俺たちが男同士であることについてどう思ってるんだろう、ということ。男とは初めてなのか?そういう話をしても良いのか?その話をして俺にダメージがなきゃいいけど…当の隼人の方はあまりにも自然体すぎて俺まで麻痺しそうだ。 もう1つは男同士であることが問題でないならば、俺と翼くんは、…どう違うのだろうか、ということも気にはなる。 「…なにか考えてるの?」 「鋭い」 「なんだよ、言えよ」 「隼人とオリバー、どっちがかっこいいかなって。」 ◇ 結局、3時間もある今年の話題作を見に行こうということになり2人で映画館に行った。 座席を選ぶのも、ポップコーンを買うために並んだ列でくだらない話をするのも、本編前の予告も、人の多い渋谷を歩くのも、エレベーターに乗り込んでいることすら。1人の時とは全く別世界で子供の頃のようにわくわくした。 並んで歩く横顔を見て、俺は隼人のことが好きなんだなと思った。 マンションに帰り、上と下に並ぶポストを交互に確認する。 「ねえ、」 「なに」 「今日俺の部屋で寝る?」 「え…わかんないな」 「ダメなら俺が涼の部屋で寝るまでよ」 「ははは、なんでそうなんのよ」 「朝6時に起きれば間に合う?」 「間に合うけど…」 「じゃあ俺んとこで寝よ」 いやいや隼人くん君ね サラッとなんてこと言ってくれんの。 ◇ 問答無用、隼人の部屋で寝ることになった。 着替えやら歯磨きやら、俺の部屋に一緒に取りに行き、まるで今からちょっとした旅に出るみたいで。 誰がかっこよかっただのあのシーンは綺麗だっただの映画の話で大盛り上がりしながら晩ご飯を食べて風呂も入った。もちろん別々で。 「寝る?」 「だね」 「歯磨きした?」 「した」 「じゃあ先行ってて、俺も歯磨きしてくる」 ドキドキするに決まってる。 ◇ ベッドに横になっていると隼人が部屋に入ってくる。 「なんか見る?」 「トップガン」 「即答だな」 「なんか、勇気をもらおうかと思ってさ」 「いい心構え」 よし、と言いながら隼人がトップガンを再生する。 リモコンをその辺に置いてふとんに潜ってくる。 「トムクルーズかっこいいよな〜」 「アイスマンもいいよね」 「……涼」 「なに?」 「…俺さ、涼のこと大好きみたい」 「…ん、うん。」 「こういうときになんていうのかよくわかんないんだけど、あの、俺、男同士なんて初めてで。でも別にそういうの、どっちでもいいのかなって思ってて。」 「ん。」 「俺と付き合ってほしいな」 10話 おわり。

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