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第14話

◇元日 「ただいまー!」 玄関に迎えに出ると、声は明るいが少し疲れた感じの隼人が靴を脱いでいる。 「おかえり!…お疲れさま。」 「やべー、帰ったら涼がいるなんて。」 「よくがんばったえらいえらい」と、 隼人の頬を手の甲ですりすりしてみる。 …頼りになるでかいわんこに見えた気がしたことは秘密。 「てか、あけましておめでとう」 「そうだ、あけましておめでとうございます。」 「もうちょっとこっちきて」というので近づくと出来るだけ他のどこにも触れないように唇同士が触れるだけのキスをされた。 「続きは風呂入ってから!」 …うん、なんていうか、自然にこんなことしちゃうんだから全く君は、と面食らいながら玄関の鍵を閉めた。 ◇ 風呂上がりの隼人が髪の毛を拭きながら台所に入ってくる。 「飯のにおい…!」 ガツガツ食べる姿を見るとあまりにも微笑ましい。こういうのを母性本能と言うのか?俺の場合、母性という表現でいいのかはこの際知らないが、これだけ肉体を酷使し生活リズムも乱して働いている人がいつまでも独身というのはご両親も心配だろうと常識人ぶって考えてみる。 他の誰にも譲れないのにね。 してあげられることはできる限りしてあげたい。 ◇ 食べ終わった食器を片付けてからソファで本を読んでいると、隼人が隣に座る。 映画でも見ようという話になり、新年早々映画館に行くことも考えたが、隼人が眠くなったらいつでも眠れるように配信でなにか1本観ることにした。 「この前さ、Call me by your name見たよ」 「どうだった?」 「オリバー、ムカつくぐらいかっこよかったなー」 「でしょ、あれに対抗心燃やせるのは隼人くらいだよ、笑」 「涼はどのシーンが好き?」 「原っぱで…」 「チャリで行って?」 「隼人も?」 「おなじ!」と隼人が笑っている。 「ラスト馬鹿みたいに泣いちゃったんだよね」と言いながら、思い出すだけでもなんだか涙が出そうになって少し目が潤む。 「……そうだ、りょ…って、え?」 「……なに?」 「ちょっと、泣いてんの?」 「泣いてない…」 「はやとくんはオリバーとは違っていなくなんないからね、ヨシヨシ。」 「…やばいやつ扱いしないで!笑」 隼人が肩に頭をもたげてくる。 「あのさ、パスポート取ったんだよ」 「まじ?」 「涼に会う前からもともと来月に連休とってて、ほんとは車かバイクでどっか行こうと思ってたんだけど…」 「うん」 「よかったら来月、一緒にどっか行きませんか?」 「どっかって、パスポートってことは、どこよ?」 「今から海外はさすがに無理かな?」 「いやいや全然余裕」 「まじ?じゃあ海外!休み合うかな」 「来月の何日?」 隼人は4日間の連休を取っているらしい。 弁護士は休もうと思ったら自分の裁量ですぐ休みが取れるのがいいところだ。あとはパソコンさえあれば身体はどこにあっても大丈夫。 言われた日にちを確かめる。 「…あいてるね」 「よし」 「で、どこに行くの?」 「…香港?」 「香港!」 「4日だからさ、あまり遠くには行けないし、丸々滞在は2日しかないけど、涼があのときどんなとこにいたのか見てみたいなって思ったんだよね」 どんなとこが楽しい?観光するなら?やっぱ食い道楽か?と話が盛り上がる。多いと2ヶ月に1回は香港に行っているというのに、よく考えるとまともに観光をしたことがない。 「うまい店は色々知ってるんだけど、観光はほとんどしたことないんだよね」 香港のホテルで隼人と初めて電話したときのことを思い出す。よく考えたら、あの時からこの人に恋していたのかもしれないな、と思ったりする。 「なんかもう懐かしいわ…」 「電話したね」 「エスパーなの?」 「ふふ」 隼人が俺にもたれたまま目を瞑った。 少し眠いんだろう。 寝息が聞こえてきたのでスマホを取り出して飛行機を検索する。 起きたら飛行機とホテルの候補を教えてあげよう。 ◇ 夕方、晩飯の材料調達のついでに近所の神社に初詣に出かけることにした。 「なんだかんだ寒くなるもんだよね」 「ほんとにね」 小さい神社ならそんなに人もいないかと思ったが、それなりの列が1本できていた。 「…涼、手繋ぐのはだめ?」 「ここじゃあ…ね」 めちゃくちゃ繋ぎたいけども。 あまりにも近所すぎないか? 「……香港だったらなんも気にせず繋げるかなー」 と言いながら隼人が肩を組んできた瞬間。 翼くん、…と、誰だろう? 「翼くん…!」 「おー!つばさー!」 「隼人さんおつかれっす。涼さん、あけましておめでとうございます。」 「あけましておめでとう」 隼人「翼の友達?」 海「…カイです。」 隼人「はじめまして。翼と同じ署の三嶋です。よろしく!」 涼「私は桐谷です。翼くんの友人です」 とっさに隼人の友人と言うのを避けた自分がいる。 翼「涼さんは隼人さんと同じマンションに住んでて、弁護士さん」 海「へー弁護士さんなんだ。」 翼「海はエンジニア」 隼人「エンジニアって?」 翼「ITの」 隼人「なんか…かっこいいやつね…!」 ◇ 隼人と海くんが甘酒を買いに行ってくれた。 その間、翼くんと2人きりになる。 「涼さんって、隼人さんと付き合ってるんですか?」 「え?」 「…冗談です」 「や、やめてよ、笑」 「でも、すごく仲良いですよね」 「あー、そうだね」 「涼さん、アイツの過度なボディタッチはセクハラで訴えてやってください」 ははは、と乾いた笑いを漏らす以外ない。 この子は不思議な人だよな、掴みどころがないのは初めて会った時からそうだけど。 甘酒を持ってきた隼人の右手から、翼くんが迷わず甘酒を受け取るのを見て、もしかして隼人のことが?と思わなくもなかった。 隼人はなにもなかったかのように左手の甘酒を俺に渡し、自分は海くんから甘酒をもらって飲んでいた。 ◇ 帰り道。 「翼くんに、隼人さんと付き合ってんの?って言われたよ」 「え、なんでわかるんだろ?」 「ジョークですって言われたけど」 「なにそれ、笑」 「やっぱりこの辺で手繋ぐとかは難しいね」 「今はね」 「?」 「香港楽しみだなー!」 14話 おわり。

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