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第15話

◇ 佐々木先生side 「私用で香港なんて珍しいですね…?」 明日から連休の桐谷先生に話しかける。 あきらかにウキウキしてる。 …あきらかにキラキラしてる! 「ええ、これだけ行っててもまともに観光したことがないなと思いまして。今年は年始どこにも行かなかったので、1ヶ月越しのリベンジ休暇です。」 「去年私が行った時は子ども達連れてほとんどディズニーランドでしたからねぇ。いいなぁ。」 「いいじゃないですか、私もどこに行こうかなぁと思っているんですが、どうせ観光ならベタなことをするのが1番かな?あ、ではお先に失礼します。」 「お疲れ様です!」 「おつかれさまですー」 バタンッ 「小林さん」 「はい、黒ですね」 「だよね、隠しきれない幸せオーラ…あれは絶対……恋人!」 ◇ 涼side 桐谷 涼:『パッキング終わったらそっち行くね』 明日は始発のスカイライナーに乗る。 早朝の回らない頭で2箇所の戸締りをするより、隼人の部屋だけで済むようにすれば精神衛生上もよい。ということでパッキングが完了したら隼人の部屋に向かう予定だ。…ただ一緒に寝たいだけだろ!というツッコミがどこからか聞こえてきそうだけれども、隼人にメッセージをして早々に荷物をまとめる。 元々旅は大好きだが、「隼人と海外に行く」というだけで今まで全く行ったことのない場所に行くような気分になる。どこに行くかより、誰と行くかなんだな。 元旦に隼人といるところを翼くんに目撃されてから、外に出る時はできるだけくっつかないようにしている。そんな生活から少し解放されると思うとそれだけでワクワクする。 気にしなきゃいいのにやっぱりどこか人目を気にしてしまっている。このイケメンは俺のですと堂々と歩きゃいいじゃないかという反面、面倒は避けたいと思ってしまう自分もいる。 ◇ 「涼、おはよ」 「ん…」 「起きてー」 「さすが、朝に強いなぁ…おはよ」 アラームが鳴る前に隼人が起こしてくれた。 静まり返った2月の朝の4時台、電気をつけて着替えをする。 ◇ スカイライナーは始発から満員だった。 横並びの席の窓際に隼人を座らせて、自分は通路側に座る。 スーツケースがラゲッジエリアに積み上がり、はみ出したスーツケースが通路までいっぱいになる。 座席を間違えている異国の人に、チケットを持った人が声をかけ、異国の人が謝りながら席を立つ。 気付けば電車が発車する時間だ。 少し眠気がやってくる。 横にある広い肩にもたれてみると、隼人も窓の外を見ながらゆっくりと俺にもたれ返してきた。 ◇ 出国手続きをして制限エリアに入る。 隼人は学生時代以来の海外らしく、顔認証こんなに便利なんだ?!などなど10年くらい前からタイムトリップをしてきたかのような発言が連発し、聞いていて楽しくなる。 やっと開店したばかりのコーヒーショップでコーヒーを買い、搭乗口に向かう。 「涼」 「なに?」 「出国したってことはさ、ここ日本じゃないよね?」 「厳密にはそうだね。」 「…じゃあ、手繋いでもいい?」 息を呑んで、右手を差し出す。 「…ん。」 俺の手を取り、全部の指を絡めてくる。 隼人が柄にもなく少し照れた様子で呟く。 「…コーヒー飲みづらいかな?笑」 ◇ 『…welcome aboard this Cathay Pacific flight CX509 bound for Hong Kong…』 ◇ 低温で固まりすぎた機内食についてきたアイスが溶けるのを待つ間に映画を選ぶ。1本終わる頃には香港に着くだろう。 隼人の肩に頭を乗せると、隼人も俺の方に頭をもたげてきた。 「どれみる?」 「んー、涼がオススメのやつ。」 「見てないの多いなぁ」 「最近のが多いね」 「あ、じゃあマーベルにするか」 「なんで?」 「男の子はみんなヒーローが好きでしょ」 ブランケットの下で手を繋ぐ。 俺より長くて太いその指がとても好きだな、と思う。 ◇ 2月の香港は日本の11月末くらいの気温で、しっとりと湿度が高くあまり寒さも感じない。 チェックインをすると、普段は泊まらないようなホテルをとってみた甲斐があったなと思った。 香港なので部屋はそんなに大きくないが、広いバスルームと、大きなガラス窓から生き物のように細長い高層ビルが立ち並ぶ。 隼人はこの前俺が泊まったホテルが良いと言ったが、出張時にいつも使うホテルより1人では泊まらないようなところに泊まろうと提案した。 「うわーここで正解だったね!」 「眺め最高だね」 「ね!…あ、涼こっちきて、写真撮ろ」 ガラス窓に腰掛けて2人で写真を撮る。 1人で来ている時はホテルで写真なんてほとんど撮ったことがないな。 どさくさに紛れて何回かキスをされその写真も撮られたが、ほんとにさ、その写真、誰かに見られたらどうするんだよ。 ◇ 荷解きもそこそこに夕方の九龍半島に繰り出す。 地下鉄で数駅、尖沙咀で降りる。 まずは晩飯にしますか、とよく行く茶餐廳に入る。茶餐廳は香港のカフェレストランのことで、チェーン店のような新しいお店から老舗まで様々だ。 タイル張りの床に1本足のレトロな丸テーブル。そこに所狭しと4つの丸椅子が並ぶ。基本的には他のお客さんと相席する文化だ。 お店の人の声高な広東語と店内のざわめきが、なぜか食欲をそそる。 「何食べる?」 「そうだねー、あの人が食べてるの美味しそうだな」 横に座る青年が食べるメニューに目配せをする。 やっぱそうだよね、蒸し物だよね。 青年と目が合うと「好好味㗎!」と親指を立ててくれた。 そこらじゅうのせいろから立ち上がる湯気に見惚れながらオーダーシートに烏龍茶とミルクティー2つ、あとは隣の青年が食べる鷄包仔や叉燒包を注文する。隼人はともかくよく食うので食べてみたかったあれやこれやを今日は遠慮なく注文する。 ◇ たらふく食べた後、夜景を見るためにヴィクトリアハーバーまで散歩をする。 「100万ドルの夜景!」 「わー、展望台に上がるとこんなすごいんだね。」 「これは感動するわ…」 暗闇にそびえ立つ180°広がるビル群の電飾が、水面にゆらゆらと反射する。雲がビルにかかりほとんど霧みたいだ。 こちら側と対岸をスターフェリーが往復する。 まるで映画のワンシーンだな。 19時が近くなり、人が集まりだしたので展望台を降りて水辺沿いに歩いた。 そろそろ駅に向かいますか、とハーバーシティビルの中に入る。 「そうだ、ここスーパーあるんだよな」 「スーパーマーケットのスーパー?」 「そう、おしゃれスーパー。寄る?」 「寄る!」 3階に上がり、シティスーパーに入る。 落ち着いた照明の店内に、綺麗に陳列された商品が並ぶ。 「派手にぶつかったよね。」 「そうだね」 思い出してついつい笑ってしまう。 初めて会った日のこと。 「あのあとしばらく卵焼き食ったもん。笑」 珍しいパッケージのシリアルを物色しながら初めて会った時のことを思い出して笑い合う。 「あ、ネットで見たやつ。このリプトン人気らしいよ」 「よし、買うか」 「てか出かけ先でもスーパーに来てるってさ、どうなのよ俺たち。」 「そうだな、…生活力が高い。笑」 会計を済ませて駅まであと少し。 「手繋ごっか」と、隼人の手を取る。 返事の代わりに隼人が指を絡ませてくる。 ◇ ホテルに帰ってドアを閉めると、 いつもより余裕のなさそうな隼人がキスをしてくる。絡まる舌が熱い。 いとおしい、大好き、もっとほしい。 「っはやと、…上着」 上着を脱いでソファに投げる。 窓側のベッドに押し倒される。 「ベッド、ひとつでいいのにね」 「こんな使い方すると思われてないかな?」 真っ直ぐに隼人だけを見ていられる。 着いたばかりなのにすでに帰りたくない。 15話 おわり。

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