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第16話
◇
ホテルで朝ごはんを食べたあと、
トラムとケーブルカーを乗り継いでビクトリアピークに到着した。
視界いっぱいに広がる圧巻の景色に見惚れていると、さっきから隼人が家族連れやカップルに次々と声をかけられている。
「Can you take a photo for us?」
そのたびに隼人は「OK!」と元気よく返事をして、右とか左とかスマイルとか指示を出して写真を撮ってあげている。
少し離れたところでその様子を見る。
ほんとに笑っちゃうよね。
ジャケットのポケットからスマホを取り出して、モデルに指示出しをするカメラマン・隼人の写真を撮った。
◇
◇
到着してから3日間、あっという間に時が過ぎた。
主に隼人がガイドブックを見て気になった場所をひたすら巡り、飯の時間になると一度も行ったことがないローカルなご飯屋さんを探して歩いた。
覚えのいい隼人は、2日目の夕方にはまるで香港人のようにお茶で食器を洗って、オーダーシートにマークをつけて注文をしている。
器用極まれり。香港の飲茶、完全マスターだな。
他にも感心したのは、隼人がどこに行っても人気者なことだった。きっとざっくばらんと気持ちのいい人が多い香港人と馬が合うというのもあるのだろう。
相席になった人や、お店のお姉さん、トラムで隣に座った人やキャットストリートで店番をするおばあちゃんまで。
隼人が一生懸命英単語を並べて話し、たまに俺が手助けをする。
英語ならまだしも、広東語しか話せないおばあちゃんもにこにこと楽しそうに隼人とコミュニケーションをとっているのをみて、言葉が話せるかどうかよりもこういうことだなと、硬い頭がほぐれていくようだった。
◇
そういえば、黄大仙寺の老齢の占い師に「あなたたちカップルネ、2人イッショに診てやる」とカタコトの日本語で声をかけられたが、その占い師はすごかった。
誕生日と生まれた場所と時間を告げると、手相と照らし合わせて何やら辞書のようなものを引きながら占っていく。
占い師は眼鏡を下げて俺と目を合わせた。
「あなたは先生ネ、ベンゴシ?」
そう聞かれた時は、聞き間違いかと思うくらいどきりとした。
そうだ、そのときに隼人が5/7と書くのを見て、初めて隼人の誕生日を知った。
◇
明日は帰国だ。
あっという間に空が暗くなってきた。
荷造りもあるし、今日は何かおいしそうなものを買って帰ってホテルで最後の晩餐をしようと話がまとまった。
でもその前に最後の観光だ。
ナイトマーケットに行こうという話になり、地下鉄で旺角に移動する。
駅を出て少し行くと煙草と屋台料理の匂いが燻り、所狭しとずらり左右にナイトマーケットが並ぶ。
オレンジの電灯が、本物なのか一体何なのかすらもよくわからない様々な品物を照らしている。目がチカチカするようなアジアの混沌と熱気だ。
「明日帰るのかぁ。」
隼人が少し寂しそうだ。
「あっという間だね」
「でも、思う存分デートしたって感じ。」
「デートかぁ…いいね、デートって響き。」
「そりゃこれはデートでしょー」
隼人の手を握る。
ここじゃ俺たちのことなんてみんながどうでもいい。それだけで最高に気分がいい。
少し路地にも入ってみようかと、
横道に入ると突如怪しい雰囲気が漂う。
暗がりの向こうから白いシャツのギラギラしたおじさんたちが近づいてくる。
一瞬身構える。
が、すぐに杞憂に終わる。
「ハイ!!オニイサン!!女の子いるヨ?ワカイ!カワイイ!」
想定とは違う明るい口調と内容に思わず笑ってしまう。どうやら性風俗店の客引きのおじさんだ。
無視して引き返そうかな、と思った瞬間に、
隼人が繋いでいる手を引き寄せて、おじさんに見えるよう少しだけ高くあげる。突然のことに、よろけそうになって隼人にしがみつく。
おじさんは俺たちを見て、てのひらをこちらに向け、わかったわかったというような仕草をする。
「Oh, OK OK!You two, very handsome! Very good-looking! Enjoy Hong Kong!」
笑って「戻ろっか」と隼人に声をかけた。
そろそろ飯を調達して、ホテルに帰ろう。
「ねぇ、おっちゃんなんて言ったの?エンジョイホンコン?」
「そうそう。ハンサムな2人だね、香港を楽しんでってさ。」
「おっちゃん、わかってんなー」
「そのポジティブさほんとに見習いたい…」
「ねぇ、飯さっさと見つけて早めに帰ろう」
「うん?」
「涼とやりたいことがありまして…」
「…そうね、荷造りとかね。」
「こんなにかっこいい隼人くんが横で寝てるっていうのに、荷造りだけでいいっていうの…!??」
「うるさいよ、笑」
今日は一緒に風呂入ろうよと誘われたが、まだ心の準備ができていないのでと一旦丁重にお断りをしてみた。
◇
帰国の朝。
ホテルでモーニングを食べた後、早めにチェックアウトをしてお土産にエッグタルトを買いに茶餐廳に寄った。
香港駅から空港への快速電車はなぜかとても空いていて全くと言っていいほど人がいなかった。
「貸切だね」
「ね、」
「最後まで現実じゃないみたいだ、笑」
帰ったらまたいつも通りの生活が始まる。
「帰ったら働けるかな、って旅から帰る時いつも思うんだよね。」
「なんかわかるわ、」
「隼人は帰ってからすぐ働けそ?」
「ダメかもな。笑」
「笑…なんだか、信じられないよね。香港にいたことも、日本に現実が待ってることも。」
「俺がいるからだいじょーぶよ」
16話 おわり。
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次回最終回です。
半月間ありがとうございました!!
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