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第2話
その日二人は、抱きしめあって眠った。ノエルは豹の姿に戻ろうとしたのだけど、ウィルフレッドに人肌のほうが温かいと言われてしまえばそうすることしかできない。
ノエルは人の姿があまり得意ではない。いつも豹として生きていたから、人としての立ち振る舞いも言葉もあまり得意ではないのだ。ウィルフレッドに何かを伝えたいと思ったとき、言葉がうまく出てこないこともある。そういったときにはいつももどかしい気持ちを持て余すから、そんな”感情”に支配されてしまうといつも豹に戻りたくなる。
それでもノエルはウィルフレッドに抱きしめられることは嫌いではないから、いつも彼の言葉には抗えなかった。
ノエルが目を開けると、すぐにウィルフレッドと目が合った。間近からじっとノエルを見つめている。いつから起きていたのだろうかとぼんやりと瞬きを繰り返していると、ウィルフレッドが少し顔を近づける。
「おはよう、ノエル」
一瞬だけ唇が触れた。
「……おはよう……?」
「ボーッとしてるのも可愛いね。寒いから、もっと抱きしめてもいい?」
「うん」
ウィルフレッドの腕がノエルの体にぎゅうと巻きつく。ノエルもそれに応えるようにウィルフレッドを抱き寄せた。
脚が絡まる。肌が密着して温もりが広がると、ノエルも嬉しくて甘えるようにすり寄った。
(……眠たい、けど……何か……)
何だろう。先ほどから、ノエルの腿に何か固いものが当たっている。
ノエルがひっそりとそちらを見ると、ウィルフレッドの性器がなんと固く勃ち上がっていた。
「……ウィル、これは?」
ウィルフレッドの胸に頭を埋めていたノエルは、腕の中で俯くようにそれを凝視する。そうして物珍しそうにつんと一度つついた。
「それは……」
何かを言いかけたウィルフレッドは、一度考えるように言葉を切った。ノエルは相変わらずそれをつついている。先っぽの剥けているところが特に気になるのか、執拗にそこばかりを刺激していた。
「あ、待ってノエル、あんまりそこは……」
「え、ごめん」
「いや……」
先っぽからはぬるりとした液体が溢れている。まさか何かの病気かと、ノエルは心配そうにウィルフレッドを見つめていた。
「ウィル、痛い?」
「……痛くない。ねえ、もっと擦って」
「こする?」
「そう。手、貸して」
ノエルの手に重ねるように自身の手を置くと、ウィルフレッドはそれでまるで自慰をするかのように、固くなった中心をゆっくりと往復させる。
ノエルには何をしているのかは分からなかった。ただ、近くに居るウィルフレッドが時折声を漏らしながらうっとりとしているから、気持ちの悪いことではないと分かる。
先っぽから溢れるぬるぬるが増えた。手の動きも早く変わる。ノエルはウィルフレッドの顔を見つめながら、思わずごくりと喉を鳴らす。
「はっ……ノエル……気持ちいいよ……」
声色もいつもと違う。吐息を漏らして、ウィルフレッドはノエルの頬に口付けた。
「ウィル……?」
「ノエル、キスしたい……ちょっと、口……」
「くち?」
手元から粘着質な音が聞こえるたび、ノエルはなぜか恥ずかしい気持ちにさせられた。今何をしているのかも分からないくせに、これがなんとなく恥ずかしいことであるのは分かる。雰囲気が普段とは少し違うからだろうか。
ノエルはウィルフレッドに逆らえなくて、言われた通りに上向いて口を差し出す。すると唇が重なった。先ほどと同じく一度。軽く触れて、すぐに離れる。
「ウィル、何を、」
「あー……可愛い。ダメだ、ノエル、可愛い」
もう一度唇が重なると同時、ノエルの隣で横になっていたウィルフレッドが突然体を持ち上げた。しかし離れるわけではない。ノエルの上に覆いかぶさるように体勢を変えると、さらに早く手を動かす。
地面とウィルフレッドに挟まれて、ノエルはさらに身を固くする。先ほどよりも距離が近づいた。唇はひっついて離れないし、酸素も奪われて頭がぼんやりとしてくる。
「んぅ、ウィル、……まっ、」
「は、はぁ、ノエル、もっと……」
貪るようなキスだ。ノエルにはそもそもキスという行為が分からなくて、なぜこんなことをされているのかと思いながらも受け入れることしかできない。
嫌ではない。むしろ気持ちがいい。ウィルの普段とは違う表情も魅力的で、ノエルは空気にのまれてしまう。
「ふ、ノエルも、興奮した?」
自身を扱いていたウィルの手が止まったかと思えば、すっかり勃起したそこをノエルの中心へと擦り付けた。ノエルの中心も固くなっている。互いに何も着ていないものだから直接熱が触れ合って、ノエルは突然走った微かな快楽にピクリと肩を揺らした。
「な、何……? やだ……」
「いや? 本当に?」
「そこ……」
ウィルフレッドの手がノエルの中心を掴む。先っぽを撫でられ、さらにはゆっくりと擦られては、初めての快楽にノエルの体からは力が抜けた。
ノエルは当然ながらツガイのことなど考えたことはない。興味を持ったこともない。だから性行為も知らなくて、簡単に快楽に流されてしまう。
ノエルの体が震えるたび、ウィルフレッドは楽しそうに笑っていた。ノエルをじっくりと見つめている。時折唇や頬にキスをして、耳元で可愛いねと甘くささやく。普段とはまったく違う色気を含むそれに、ノエルの心も浮かれていた。
「あ、あっ、ウィル……」
「気持ちいい? ……可愛いよ、ノエル」
ウィルフレッドは今度、自分のモノとノエルのモノを一緒に掴むと、裏筋を擦り合わせるように扱き始めた。
先ほどとはまた少し違う快楽だ。ノエルは思わず自分から腰を揺らした。ウィルフレッドがうっとりと微笑む。やがて吸い付くようにノエルにキスを落とした。
「俺も気持ちいい、ノエル……」
甘やかな声に、鼓膜から溶かされるようだった。
ノエルはゾクゾクと快楽を募らせながら、腹の奥から這い上がってくる何かに身を任せて身を震わせる。
気持ちがいい。それだけではない。心の奥が満たされる感覚は、ひとりぼっちのノエルにとっては初めてのものである。
ウィルフレッドともっとくっつきたい。一ミリも離れず、このまま一つになってしまいたい。そんな気持ちにしたがって、ノエルはウィルフレッドを強く抱き寄せる。
首元に軽く噛み付いた。ノエルの歯は人よりも鋭い。その牙がウィルフレッドの柔肌に触れると、ウィルフレッドの快楽も増す。
「マーキング? 可愛いなぁ」
余裕のない声は、やがて吐息の中に消えた。
互いに言葉が減る。短い喘ぎを吐き出しながら、二人はほとんど同時に白濁を吐き出した。ノエルにとっては初めての射精だ。味わったことのない突き抜ける快楽に、ノエルは本能のままに腰を揺らす。
「あっ、は……ぅう……」
「大丈夫?」
「ん……何か、出て、」
「気持ちよかったってことだよ」
「……ウィルも?」
「そう。俺も」
ウィルフレッドが甘やかにキスを降らせる。ノエルはぼんやりとそれを受け入れながら、ウィルフレッドも気持ちが良かったのならいいかと、されるがままになっていた。
ウィルフレッドはそれから、やたらとノエルに触れるようになった。
豹になっているときにもいつもひっついて撫でているし、人型になればキスをされたり気持ちよくさせられたり、とにかくノエルに過剰に構う。ひとりぼっちだったノエルにとってそれは嬉しいことだったから特に抵抗もなかったのだけど、ウィルフレッドに触れられると落ち着かない気持ちになるのには少し困っていた。
ノエルには”本能”ではない”感情”というものがよく分からない。ウィルフレッドから与えられるものはすべて初めてばかりで、ノエルはいつだって戸惑っている。
「ノエル、寒い」
ウィルフレッドはいつもそう言って、ノエルに甘えるように抱きつく。そんな時ノエルはまるで弟でもできたような気持ちになって、つい甘やかしてしまうのだ。
それは今日も変わらなかった。ノエルはウィルフレッドを抱きしめて、ウィルフレッドに身を委ねていた。首筋にキスをされていたかと思えば、次には鎖骨に感触が移る。また触れられるのだろうか。自身の高鳴る鼓動を聞きながら、だんだんと下がっていくウィルフレッドの頭を見つめる。
「ふふ。ノエル、緊張してるの?」
「……分からない」
「可愛いね」
そもそも”可愛い”という言葉の意味も分かっていないノエルは、ウィルフレッドが口癖のように言う「可愛い」にも特別な反応は示さない。ただじっとウィルフレッドの頭を見つめるばかりである。
「そうだノエル。こういうことは俺以外とはしたらいけないからね」
「いけない?」
「そう。俺だからノエルは気持ちよくなれるんだよ」
「……ウィルだから……?」
ノエルはそれもよく分からないのか、少しばかり怪訝そうに顔を歪める。なにせノエルは触り合いなんてウィルフレッドとしかしたことがない。比べようもないから「ウィルフレッドだから」と言われてもピンとこないのだ。
けれど複雑に考えられないノエルは「分からない」で終わってしまう。どうしてウィルフレッドとしかしたらいけないのかも、どうしてウィルフレッドとだから気持ちよくなるのかも、どうしてそんなことを言われるのかもノエルには分からなかった。
「はぁー、落ち着くなぁ……」
胸元にキスを落としていたウィルフレッドは、上機嫌に微笑んだかと思えばノエルの胸に擦り寄るように抱きしめる。離れるような素振りはない。ノエルは不思議そうに目を瞬いて、ひとまずウィルフレッドの頭を優しく撫でた。
「……ねえノエル。俺が王都に行くって言ったら、一緒についてきてくれる?」
「王都、何?」
「うーん……人がたくさん住んでるところ」
「人間?」
「そうだよ。……怖い?」
人間には一度しか会ったことはないけれど、ウィルフレッドが居てくれるのならば怖くはない。ノエルは素直に首を振る。
「ウィルが居るところ、怖くない」
「そっか。……本当に可愛いなぁ。ノエルを手に入れるためなら俺、国にも手を出しちゃうかも」
「何?」
「ふふ、分からなくていいよ」
ウィルフレッドの言葉は難しくて、ノエルには分からないことのほうが多い。けれどウィルフレッドは気にしなかったのか、上機嫌なままでノエルのことを強く抱きしめた。
「ここでずっと一緒に暮らしても良いんだけどね。……俺はやっぱり、ノエルには良い暮らしをさせたいし。もっともっと喜ぶ顔を見たいって思うよ」
「? 僕は楽しい」
「俺も楽しいよ。でもそうじゃなくって」
訝しげな顔をするノエルに、ウィルフレッドはそれでも嬉しそうな様で笑っていた。
その日から、ウィルフレッドはなぜかノエルに執拗に触れたがった。
キスは毎日のことになった。舌を絡めて深いキスをすることもあれば、ついばむだけの優しいキスで終わることもある。けれどその度にノエルは胸やら中心やらをいじられて、いつも射精をさせられた。
ウィルフレッドはいつも甘やかだった。ノエルをいつも抱きしめて、いつも優しい言葉をくれる。ノエルはそんな温もりを知らなかったから、毎日ふわふわとした心地だった。
だけどふと、ウィルフレッドが怖い顔をすることがある。ノエルはそれが気がかりだった。
ウィルフレッドはノエルには何も話さない。だから情緒の育っていないノエルには察するなんてできなくて、ウィルフレッドのことを呼ぶことしかできなかった。ノエルが呼ぶと、ウィルフレッドは優しく微笑む。そういったときには怖い顔はなりをひそめるから、ノエルはいつも安心していた。
「おはよう、ノエル」
ある朝目を覚ますと、ウィルフレッドがノエルの頭を撫でていた。
ノエルは眠るとき、最近では豹の姿に戻ることが多くなっている。豹のほうがウィルフレッドを温められるし、何より物理的に強い。何かが起きたときにとっさに動けるのは豹の体だからである。
しかしウィルフレッドはいつも、話がしたいと言ってはノエルに人の姿になってくれと願う。今日も同じように言われて、ノエルはすぐに人になった。
「今日も可愛いね」
戻ってすぐ、ウィルフレッドはノエルの額にキスを落とす。もはや日課だ。
「ウィル、人の気配がする」
「……人の気配?」
「森に人間が居る。たくさん」
ノエルは洞窟の外を睨むように見ていた。
「そっか、もうひと月が経つからかな……」
「? ひとつき?」
「ふふ、そう。俺を探しに来たのかもね」
「ウィルを……?」
ウィルフレッドを探しに来るということは、ウィルフレッドの家族ということだ。家族は一緒にいるものである。ノエルもそうだった。それならウィルフレッドはノエルの元から去ってしまうだろう。
ウィルフレッドが居なくなる。ノエルはそんな現実に、思わずしゅんと俯いた。
「ノエル、俺と離れたくないの?」
ウィルフレッドの問いかけに、ノエルは思わず首を傾げる。
「……分からないの? ノエルは俺のことが好きでしょ?」
「好き?」
「そうだよ。だって俺たちは両思いだからね」
「両思い……」
言われた意味は分からなかった。だけどウィルフレッドがそう言うのならそれが正しいような気がして、ノエルはなんとなく頷いておいた。
「いいよ、ノエル。それでいい。理解なんかしなくていい。そのまま俺の側にいて」
「ウィル、帰る? 迎え来た?」
「どうしようね。俺はこのままでもいいけど……今のままじゃノエルと結婚ができないし……獣人と人間には『英雄』が居ようといまだに壁は分厚くある。何も持たない俺だとノエルを幸せにしきれないかもしれないし……」
ウィルフレッドは何かを考えながら、思考をまとめるように言葉を吐き出す。ノエルにとってはそのどれもが難しい。ノエルはきゅっと眉を寄せると、答えを急くように少しばかり身を乗り出す。
「困ったなあ。死ぬつもりでこの森に入ったのに……まさか、こんなに可愛い生き物と出会っちゃうなんて」
そんなことを言うくせに、表情はずいぶんと柔らかい。ノエルにはやっぱり難しかった。
「約束をしよう、ノエル」
「やくそく」
「そう。……絶対に迎えに来るから、待っていてほしい」
ウィルフレッドは真剣な顔をしてそう告げると、ノエルを抱き寄せて唇を重ねる。
キスが深くなっていく。ノエルもすっかりその行為に慣れているから、ウィルフレッドの動きに応えて舌を動かしていた。
ウィルフレッドはキスが好きだ。そしてそれを頻繁にされるものだから、ノエルもすっかりキスが好きになっていた。
「返事は」
唇の隙間から言葉が漏れる。けれどノエルは動きに必死で言葉を返せない。
やがてウィルフレッドの手がノエルの体に這うと同時、ノエルがぐっと腕に力を込め、ウィルフレッドから距離をとった。
ノエルの目は洞窟の外に向けられている。人の気配が気になるのだろうか。
「……どうしたの?」
「少し出てくる」
ノエルはウィルフレッドから離れて豹に戻ると、警戒しながら洞窟から出て行った。
人の気配が多い。けれどそれに混じって、同種の気配もする。
ノエルの同種とはつまり、ノエルの意地悪な家族である。
もしもウィルフレッドが見つかれば、家族は迷わず襲うのだろう。ノエルの家族は警戒心が強い。そして人間が嫌いだ。ノエルはそれが分かっていたから、ウィルフレッドを守るために洞窟を出た。
ノエルは弱っちいけれど、それでもウィルフレッドを守れるのはノエルだけである。ウィルフレッドのためならノエルは頑張れる。家族に立ち向かうことも怖いとは思わなかった。
洞窟から少し離れると気配がさらに強くなる。やがて警戒するノエルの目の前に草を分けてやってきたのは、ノエルの兄弟たちだった。
《おい、あいつこんなところに居やがったぜ》
《うわ、人間くせえ!》
ノエルの兄と弟は、ノエルが人間臭いと分かるとすぐに敵意を剥き出しにした。ノエルがしばらく戻らなかったからと探していたわけでもないのだろう。兄弟たちはいつも揃って狩りをしていたから、今回も偶然ノエルと出くわしただけである。
こういったとき、ノエルはいつも逃げ出していた。ノエルでは兄弟たちに敵わない。生きるために、ノエルは逃げなければならなかった。けれど今回は違う。逃げることはできない。逃げてしまえば、今度はウィルフレッドが危険に晒されるだろう。
ノエルはとにかく、兄弟たちをこの場所から引き離したかった。
ノエルが駆け出すと、兄弟たちは当然ながら追いかけた。習性ということもあるのだろう。兄弟たちは特に狩りが好きだったし、動くものには敏感である。
おかげで洞窟からはずいぶんと離れることができた。しかしノエルはとうとう追いつかれて、飛びかかった弟に乗っかられて大きく転倒する。その隙に兄がノエルの後ろから首元に噛み付いた。ノエルはジタバタと暴れるが逃げ出すことはできず、されるがままに引きずられていく。
《なあこいつどうする? 崖から落ちても死ななかったし》
《水に沈めるとかは?》
《近くの滝からでいい?》
《いいじゃん。結構高いよ、あそこ》
話し合っている間に、ノエルは滝に連れられた。兄弟たちに躊躇いはない。最後の言葉もなく、ノエルをあっさりと滝に投げる。
ノエルは泳ぎが苦手だ。水場はいつも避けていた。
得意げな兄弟たちは落ちていくノエルを見下ろして、やがて森に帰っていく。
ノエルには絶望はなかった。頭の中にはただ、ウィルフレッドは無事だろうかと、そればかりが浮かんでいた。
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