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第3話
屋敷を出た馬車は、揺れる車輪の音だけを響かせながら街道を進んでいた。
今日だけは、フィサが珍しく「一緒に出かけたい」と言ったからだ。
ルヴェーグは彼の向かいに座り、そのささやかな時間を受け止めていた。
――その穏やかさは、唐突に破られる。
「おうおう、失礼すんぞ。」
「……っ!? な、に……っ」
横合いから伸びた太い腕が、フィサの細い手首を乱暴に掴んだ。
潰れた声。詰まる息。
力の質だけで“ただの盗賊”ではないと分かる。
「大人しくしてろや。」
低く濁った声。
狙いは最初から“彼ら”だった。
「フィサ!! 離せ!!」
ルヴェーグが即座に立ち上がる。
だが、その一歩は阻まれた。
「おっと、それ以上近づくなよ?」
男はフィサの首元に腕を回し、わざとらしく挑発して笑う。
「こいつがどうなってもいいのかぁ?」
フィサは声にならない。
喉を塞ぐのは恐怖だけではなかった。
後悔、罪悪感、嫌な予感――全部が胸の奥で絡みつく。
「……フィサ……」
ルヴェーグは、震えるフィサを見るだけで胸を締めつけられた。
「……どうすればいい。」
その言葉に、男の笑みが深まる。
「物分りがいいのは嫌いじゃねぇぜ。
大人しく捕まってくれりゃ、何もしねぇよ。」
その瞬間、周囲の影が一斉に動いた。
ルヴェーグへ一斉に飛びかかる複数の“襲撃者”たち。
捻られた腕、押しつけられる膝、封じられる抵抗。
たった数秒で膝をつかされた。
「っ……ぐ……! 離せ……!」
抵抗する間もなく、手首に冷えた金属が嵌められた。
「この枷は……っ!」
魔力封じ。それも“強制弱化”の特注品。
フィサの喉が、悲鳴のように震えた。
「レーベ……っ! レーベッ!!」
助けたいのに体が動かない。
言葉が出ない。
ただ涙を滲ませることしかできない。
男は鼻で笑う。
「お察しの通り、抵抗力を弱める仕掛けさ。
じゃあ――寝てもらおうぜ。」
ルヴェーグの顎を乱暴に掴み、喉奥へ薬液が流し込まれた。
「っ……う……っ……」
喉が振え、視界が揺れ、膝が折れる。
ルヴェーグは、音もなく沈むように意識を落とした。
◇ ◇ ◇
静寂が戻る。
だが、フィサの呼吸だけが異様に大きく響いた。
「そ……そんな……
こんなに乱暴なんて……聞いてない……っ……!」
男は肩をすくめるだけだった。
「あぁ? 命に関わるほどじゃねぇよ。
黙って運ばれりゃいいんだ。」
そのとき――
「これは……驚きましたねぇ。」
ゆっくりと歩み寄る軽い足音。
“接触役”──フィサを騙した男が姿を現した。
「まさかこんな乱暴な手を使うとは思いませんでしたよ。」
「“どんな方法でも捕まえろ”って言ったのはそっちだろうが。」
「そうでしたか? ……まあ、いいでしょう。」
冷たい笑みが形だけ浮かぶ。
「捕まったのは事実ですし。よくやりました。」
ルヴェーグの気絶した顔を見下ろし、そしてフィサへ視線を向ける。
「では、フィサさん。
売人のところへ参りましょうか。」
フィサは呼吸をのみ込む。
「……っ……お、お金……ですよね……」
「えぇ、もちろんです。
あなたの“大切な家族”のために。」
フィサは小さく震えながら頷いた。
「……では行きましょう。おい、これも運べ。」
襲撃者の男が、倒れたルヴェーグを乱暴に抱え上げる。
麻布へ無造作に押し込む音が、無慈悲に響いた。
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