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後日談 2話
廊下の角を曲がった瞬間、
シグマはゆったりとした足取りのまま足を止めた。
「……シグマ。」
壁にもたれるように腕を組み、
不機嫌を隠そうともしないルヴェーグが立っていた。
「はい、ルヴェーグ様。」
「お前……フィサに“何を吹き込んだ”んだ?」
「吹き込んだ? 一体なんのことでしょう。」
シグマは涼しい顔で返す。
だがルヴェーグは納得していない。
「昼からだ。
僕を見るたびに――悲しそうに眉を寄せたかと思えば、
急に目を逸らして真っ赤になるんだ。」
言葉に、明らかな戸惑いと……拗ねた気配が滲む。
「どうしたのかと聞いても、『シグマさんが……いえ……』としか言わない。」
小さく息を吐き、僅かに眉が寄る。
「……だからシグマ。何を吹き込んだ?」
シグマはまばたきせず答えた。
「フィサ様が“なぜ道中で止めなかったのか”と仰ったので……
もし止めていたらルヴェーグ様が殺されていたかもしれない、
とお伝えしただけですよ。」
「…………で?」
「……以上です。」
「そんなわけないだろう?」
ルヴェーグの声には、苛立ちと嫉妬が混じっていた。
「その程度で、フィサがあそこまで恥じるはずがない。」
シグマは視線を伏せ、肩をすくめる。
「……はぁ。
ルヴェーグ様があまりにもフィサ様を悲しませるものですからね。
“私なら悲しませたりいたしません”と……つい、その程度のことを。」
沈黙が落ちる。
ルヴェーグは大きく息を吐いた。
「……ふぅん、なるほどな。」
不機嫌さを隠そうともせず、
しかしどこか諦めたような深い声だった。
「フィサも……意識しすぎじゃないか。
僕がやられるなんて、まず無いと……説得してあげようか。」
言葉の端には、拗ねた色がはっきりと滲んでいる。
「……フィサは今どこに?」
「ご本人のお部屋にいらっしゃるかと。」
「……行ってくる。」
振り返る背には、焦りすら漂っていた。
シグマは深く礼をしながら小さく微笑む。
「……どうぞ、いってらっしゃいませ。」
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