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αのキスで目が覚めた

キスされた。 冬馬に。 頭の中がぐちゃぐちゃだ。 「言っただろ、寝るなって」 「キスはおかしいだろ」 「そうか? Ωには効くと思ったけど」 「……意味わかんない」 そう言って顔を背ける。 冬馬は何事もなかったように笑ってる。 ……その余裕が、余計に腹立つ。 「お前、普段ちゃんと寝てんのか?」 「……寝てる」 「嘘つけ。目の下にクマできてるぞ」 「……別に」 そっぽを向く。 正直、あんまり眠れていない。 父さんがいなくなってから、夜が少し長く感じる。 でも、それを冬馬に言う必要はない。 「へぇ……一人だと眠れないとか?」 「は? 子供扱いすんな」 冷たく言い返す。 「ふうん。希望があれば、添い寝くらいしてやろうかと思ったんだけど」 「いらない」 思わず立ち上がった瞬間、背後から腕が回った。 「っ――」 後ろから抱きしめられる。 冬馬の体温が背中越しに伝わる。 ふわりと甘いαのフェロモンが混じった呼吸が、耳の後ろをかすめた。 「……何してんの」 「抱きしめてる」 「わかってる。何でって聞いてんの」 「律が可愛いから」 低く落ちた声が、身体の奥に響く。 「……意味わかんない」 冷たく返しても、声が震える。 フェロモンが強くなって、肌が熱い。 冬馬の腕の中は、息苦しいのに、離れたくない。 「律、こっち見ろ」 「……やだ」 「なんで」 「別に」 顔を見たら何かが崩れそうで。 「律」 頬に触れる指先。 冷たいはずなのに、火がつくみたいに熱い。 胸の奥で、Ωとしての本能がざわめいた。 「……離せよ」 やっと絞り出した声に、冬馬は小さく息を吐く。 「せっかく来てやったんだから、まだまだ色んなこと教えてやらないとな」 「……教えるって、何を」 「全部だよ。礼儀も、言葉遣いも――それから、俺のことも」 冗談めかして笑うのに、その目は冗談じゃない。 逃げられないほど、深くて。 「俺が律を、一人前にしてやる」 真っ直ぐな言葉が、喉の奥を焼く。 αの声は、どうしてこうも体に響くんだろう。 「……勝手にすれば」 そう言うと、冬馬は満足そうに頷いた。 ポン、と頭を撫でられて、顔が熱くなる。 「今日はこれで終わり。夕飯まで休んでいいぞ」 「……わかった」 部屋を出ようとした時―― 「律」 「……何」 呼び止められ、振り返らずに聞く。 「明日もビシバシいくから、よろしくな」 からかう声なのに、どこか優しくて、反論できなかった。 「……はいはい」 そっけなく答えて、ドアを閉める。 廊下に出て―― 「……はぁ」 大きく息を吐く。 胸の奥でドクドクと音が鳴り続ける。 冬馬のせいだ。 ……全部、冬馬のせいだ。

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