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残るΩの温もりと、揺れる理性
side 桐生冬馬
律が部屋を出て行ったあと、静まり返った空間にひとり取り残された。
ソファに腰を下ろし、深く息を吐く。
「……参ったな」
思わず口に出た。
律が、想像以上に可愛い。
昔から可愛い子だとは思っていたけど、今は――もっとだ。
クールに装って、素っ気ない態度を取る。
でも、時々見せる照れた顔。
顔を背ける仕草。
全部が、俺の理性を揺らしてくる。
それに――律のΩとしての香り。
甘くて、柔らかくて、無防備すぎる。
一度吸い込むだけで、αの本能がざわつく。
まるで“お前のものだ”と囁かれているみたいで、危険だ。
「……っ、駄目だろ」
額を押さえて首を振る。
俺は、あいつの教育係だ。
親父さんから直接託された、大事な役目。
律を導く立場で、手を出すなんて――絶対に許されない。
それでも、さっき抱きしめた瞬間の感触が離れない。
細い体の温かさ。背中越しに感じた呼吸。
そして、律の唇に触れた時の、柔らかさ。
「やめろ」って言いながら、でも離れようとしなかった。
俺を見上げた時のあの目が、まるで俺を求めてるみたいで、心臓が跳ねた。
「……律」
小さく呟く。
この先、毎日顔を合わせる。距離は近くなる一方だ。
もし――ヒートが来たら。
あのフェロモンが本格的に溢れたら、俺は耐えられるのか。
「……落ち着け」
深く息を吸い、拳を握る。
俺は律を守るためにここにいる。
教育係として、律を一人前に育てるために。
その気持ちだけは、絶対に曲げちゃいけない。
そんな時、コンコン、と控えめなノック。
「冬馬、入るぞ」
誠の声だ。
「ああ」
扉が開いて、誠が顔を出す。
「律、どうだった?」
「……順調だよ」
誤魔化すように答える。
「冬馬、お前、顔赤いぞ」
「赤くねえよ」
「嘘つけ。律に何した?」
図星を突かれ、思わず視線を逸らす。
誠は俺の反応を見て、ますます面白そうに笑った。
「律のこと、好きなんだろ?」
「……教育係として、だ」
「本当にそうか?」
誠が真顔になる。
「冬馬、お前の目、律を見る時だけ違うぞ」
「……そんなことねぇって」
「ま、無理して隠そうとすんな」
「何をだよ」
「自分の気持ち、だよ」
軽く肩を叩いて、誠は部屋を出て行った。
残された部屋に静寂が戻る。
窓の外には白く霞む冬空。
庭の一角に、バラが咲いている。
律が「可哀想だから」って言って、切らずに残した花だ。
「……律らしいな」
思わず、笑みが漏れた。
クールに装ってるけど、本当は優しい。
素直じゃないけど、可愛い。
「……自分の気持ち、か」
誠の言葉が頭に残る。
守りたい――
その想いは、ただの教育係の義務なんかじゃない。
もっと深いところから湧き上がってくる。
「よし……頑張るか」
小さく呟いて立ち上がる。
胸の奥で、まだ律の温度が消えないまま。
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