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可愛いΩは、朝に弱い

side 朝比奈 律 ――朝、二日目。 コンコン、とドアを軽く叩く音が聞こえた。 「律、起きろ」 低い声が聞こえて、頭の奥がじんと響く。 「……ん」 布団の中から小さく返すと、ドアが開く。 冷たい朝の空気とともに、冬馬の香りがふわりと流れ込んでくる。 「律、七時だぞ。約束しただろ」 ――最悪だ。冬馬が入ってきた。 思わず布団を頭までかぶる。 「おい、律」 足音が近づき、布団を引っ張られる。 「……眠い」 「ダメだ。ほら、起きろ」 容赦なく布団を剥がされ、腕を掴まれる。 「……っ、寒い」 身体を丸めると、冬馬の腕が腰に回された。 密着する距離に、呼吸が浅くなるのを感じる。 「寒いなら、起きて服着ろ」 「……もう少し」 「ダメだ」 腕を掴まれて、半ば強引に引き起こされる。 「……冬馬、うるさい」 「うるさくない。これが教育だ」 本当にムカつく。 でも――冬馬の匂いが、近い。 αのフェロモン。 清潔な石鹸の匂いの奥に、熱っぽい甘さが混ざってる。 「……冬馬の匂い」 ぼんやりした頭で、つい口からこぼれる。 「ん?」 「……別に」 慌てて否定する。 「今、何て言った?」 「何も言ってない」 「嘘つけ。『冬馬の匂い』って言ったろ」 顔が一気に熱くなる。 「……言ってない」 「言った」 「言ってない!」 「律、お前、俺の匂い好きなのか?」 にやりと笑う冬馬。 「……っ、好きじゃない」 「そうか? でも、さっき落ち着く顔してたぞ」 「してない!」 「してた」 ほんと、むかつく。 「……もういい。起きる」 ベッドから立ち上がろうとした瞬間―― 「おっと」 冬馬の腕が腰にまわって、ぐっと支えられる。 「……っ」 「律、ふらついてるぞ。ほら、ちゃんと立て」 冬馬の腕が、しっかりと俺を支えている。 「……離せ」 「離したら倒れるだろ」 「倒れない」 「本当か?」 試すように腕を離されて、案の定よろめいた。 すぐに冬馬が支えながら笑う。 「素直じゃないな」 「……もういい。着替えるから出て」 「わかった。朝食は三十分後だ」 ドアが閉まる音。 「……はぁ」 大きく息を吐いた。胸がまだ落ち着かない。 朝から、心臓がうるさい。 ……やっぱり冬馬のせいだ。 身支度を整えてリビングへ向かうと、テーブルには誠さんが用意した朝食が並んでいた。 「おはよう、律」 「……おはよう」 誠さんに挨拶して席に着く。 冬馬の姿はない。 さっきのことが頭から離れない。 思い出すたびに、顔が熱くなる。 「……いただきます」 焼きたてのパン、ふわふわのオムレツ、香ばしいベーコン。 誠さんの作る朝食は、まるでホテルみたいだ。 「律」 「なに?」 「冬馬、厳しいか?」 「……厳しいけど、まあ、普通」 正直に答えると、誠さんが穏やかに笑った。 「そうか。良かった」 「心配してたの?」 「まあな。律が嫌がってないか、気になってた」 「……ちゃんと教えてくれるから」 「律も素直になったな」 「……別に」 でも、本当は―― 冬馬の言葉一つで、心が少しだけ軽くなるのを知っている。 「じゃあ、勉強頑張ってな」 「……はい」 パンをちぎりながら、ついさっきまで感じていた冬馬の匂いを思い出していた。

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