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第18話 αの独占欲
夕方。
だいぶ身体が軽くなったから、ゆっくり階段を降りてリビングに向かった。
「律、大丈夫か?」
すぐに冬馬が近づいてくる。
その顔が本気で心配そうで、なんか胸がむず痒い。
「……平気」
そっけなく言った瞬間、冬馬の手が俺の腰に回った。
「っ、ちょ……何してんの」
「支えてるだけだ」
「いらない」
「いる」
俺の拒否なんて最初から聞く気ないみたいに、そのままソファまで連れていかれる。
座ると、すぐ横に冬馬も腰を下ろした。
……近い。
「律」
名前を呼ばれて、思わず身じろぎする。
「……何」
「まだΩのフェロモン出てる」
「……え、嘘」
一気に不安になる。
ヒート、もう治まったと思ってたのに。
「嘘じゃない。ヒート明けはしばらく残るんだ」
冬馬は真剣な顔で続けた。
「だから、外出は控えろ」
「……なんで」
「他のαに狙われる」
声が低くなる。
「今のお前、甘い匂いが強い。他のαが嗅いだら……多分、理性飛ぶ」
「……っ」
怖さがじわっとこみ上げる。
冬馬はすぐに俺を抱き寄せた。
「大丈夫だ。俺がいる」
落ち着いた低い声。
胸に押し付けられるみたいに抱かれて、さっきまでの不安が少しずつ薄れていく。
「だから……しばらく俺から離れるな」
「……わかった」
素直に言うと、冬馬の腕が少しだけ緩む。
代わりに、冬馬のフェロモンが俺を包むように漂ってきた。
強い匂いなのに、不思議と安心する。
冬馬の匂いだから。
「律」
「……何」
耳元に近い声で冬馬が囁く。
「俺のものだからな」
「……っ」
心臓がドキンと跳ねる。
「……知ってるよ」
小さく返すと、冬馬が俺をさらに抱き寄せた。
「他のαには絶対に渡さない」
「……当たり前」
そっけなく言ったけど、胸の奥では、嬉しくて仕方なかった。
――数日後。
「律、買い物行くぞ――」
誠さんの声がリビングに響く。
「……はいはい」
腰を上げようとした瞬間――
「待て」
冬馬が手を伸ばし、俺の腕を掴んだ。
「まだフェロモンが残ってる」
「……もう落ち着いてきたから」
「落ち着いてない」
表情はいつも通り無機質なのに、声だけ妙に強い。
「俺も行く」
「……めんどくさい」
「めんどくさくない」
押しに逆らえず、結局三人でスーパーへ向かった。
買い物中。
「律、これうまそうだな」
誠さんが得意げに肉パックを突き出してくる。
「……うん」
そっけなく返したその時――
「おい、そこのΩ」
背後から聞こえた知らない声に、全身が強張った。
振り返ると、見知らぬαが気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。
「……何」
「いい匂いじゃん。発情期か?」
ぞわっと鳥肌が立ち、反射的に後退る。
「関係ない」
「逃げんなよ。ちょっとこっちに――」
男の手が伸びてきた瞬間。
「律に触るな」
氷のような低い声と同時に、その腕が鋭く止められた。
冬馬が男の手首を掴んでいた。
「な、なんだよ、お前……」
「律のαだ」
冬馬の瞳は冗談抜きで冷えていて、見ているだけで空気が凍る。
次の瞬間、冬馬のフェロモンが強く広がった。
完全に“威嚇”の香り。
男の顔がみるみる青ざめる。
「……っ、わ、わかった! もう近づかねぇよ!」
情けない声を残し、男は逃げるように去っていった。
静かになった通路で、冬馬がすぐに俺を抱き寄せる。
「律、大丈夫か」
「……平気」
言ったけど、握った手が震えてるのを自分でも分かっていた。
冬馬はその震えを確かめるみたいに、そっと髪を撫でる。
「怖かったんだろ」
「……別に」
「嘘つくな」
あきれたように笑いながらも、抱く腕の強さは優しい。
「しばらく外出は控えろ。危険すぎる」
「……わかった」
素直に頷く。
冬馬の腕の中だと、さっきの恐怖が少しだけ遠ざかった。
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