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第23話 αの執着

数日後。 また城崎が屋敷へ現れた。しかも今度は息子まで連れて。 ……嫌な予感しかしない。 「律様、こちらが私の息子、翔太です」 紹介された翔太は、整った顔立ちなのに目の奥が冷たい。同い年とは思えない圧があった。 「……初めまして」 一応挨拶すると、翔太がすっと距離を詰めてくる。 「初めまして、律さん」 そう言って手を取ろうとしてきたから、思わず身を引いてしまった。 「っ……」 触れられたくない、と身体が勝手に動いた。 「おや、恥ずかしがり屋なんですね」 口元だけで笑う。その軽さが余計に嫌だった。 「でも、いずれは慣れていただかないと」 「……慣れる必要はありません。俺には、もう決まった相手がいます」 はっきり言った。 ここで黙っていたら、もっと面倒になる。 「ほう。それはどなたですかな?」 言えるわけがない。 どう答えるか迷った、そのとき―― 「律は、俺のつがいだ」 背後から冬馬の声。 振り返ると、いつもの落ち着いた表情の冬馬が立っていた。 「教育係の分際で、何を思い上がっているんですか」 「思い上がっているのは、そちらだ」 冬馬は一歩も引かない。 その姿が頼もしくて、胸のあたりがじんとする。 「律には、もうつがいの印がある」 冬馬が俺の首筋に視線を向ける。とっさに手で隠したが、翔太の目にはもう映っていた。 「確かに印がありますね。でも……上書きできます」 本気で言っているのがわかって、背筋が冷たくなる。 「やめろ。律には触れさせない」 冬馬の声が低く響く。 その後ろ姿に、少しだけ安心する。 「律様の父上は、我々との縁組を望んで――」 「それは嘘だ」 気づけば口が動いていた。 父さんがそんなこと言うはずがない。 「では直接――」 「いや、その必要はない」 静かな声が廊下から聞こえた。 ――父さんだ。 「城崎氏、私は律と翔太くんの縁組など望んでいない。むしろ断り続けてきた」 城崎の顔がこわばる。 「律には、すでに決まった相手がいる。……冬馬くん、これからも律を頼む」 「はい。必ず守ります」 冬馬が深く頭を下げる。 その言葉に、胸が少し温かくなった。 「……覚えていろ」 城崎は吐き捨てるように言い、去っていく。 翔太も鋭い目を向けたまま後を追った。 玄関の閉まる音が響き、ようやく緊張がほどけた。 「……はぁ」 「律、大丈夫か?」 「……平気」 そう返したけど、声がわずかに震えていた。冬馬は黙って俺を引き寄せる。 「怖かったなら、そう言っていい」 「……別に」 冬馬の腕の中はあたたかくて、力が抜けていく。 「もう大丈夫だ。俺がいる」 「……うん」 冬馬が俺の頭に手を置く。 優しく撫でられるたび、安心が広がっていく。 ……ああ、もう。 さっきまであんなに緊張してたのに、なんなんだろう、この落差。 「少し休むか?」 「……うん。ちょっとだけ」 冬馬の服越しに聞こえる鼓動が、やけに静かで落ち着く。 大丈夫。冬馬がいるなら、きっと。 ――そう思ってしまう自分が、少しだけ恥ずかしいけど。

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