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まさかの魔力

俺は教会の皆に、ケイトではなくケイと呼ぶようにお願いしていた。 ケイトというのは本名ではあったけど、そう呼ばれる事で俺があのピンク髪の聖女だと気づかれたくなかったからだ。 ……ディアリンドに。 俺はまだ、彼になんと謝ればいいのか分からないままだった。 だってあんなにふわふわで可愛い女の子だった聖女が、本当はこんなゴツめ男子だったなんて……。 いや普通、思いもしないだろ? せめて俺が聖女の間にもう少し男らしく振る舞ってればよかったのにな……。 とにかく、俺の中身が女子だったと信じているだろうディアリンドに、どう伝えればなるべくショックを減らせるのか。と考え続けてはいるのだが……。 いまだに妙案は出てこない。 聖女は基本的に教会の奥にある聖女専用の領域で過ごすけれど、それを交代で警護する護衛騎士達は、交代の度に俺の暮らしている教会の表側の建物を通るからな。 うっかり他人の口からこんな真実を知った日には……。 俺だったら死にたくなるな。 そんなわけで、俺はケイとして教会で過ごしていた。 走るエミーの後ろについて教会の東門から出たところで、通りの奥に人だかりができてるのが見えた。 「あそこだね?」 俺が尋ねると「はい」とエミーが答える。 俺はエミーを抜き去って全力でそこへと走った。 「何があったんだ!?」 俺の声に人の輪が一斉にこちらを向く。 ……あ。ちょっと声がデカすぎたかな? 人の視線が俺に集中したことで、囲まれていた人々の様子がよく分かった。 青い顔をして倒れているのは2人の男で、そのうち腹を抱えるようにして横たわる男は、抱えた腹からもそれを抑える腕からも血を流していたが、赤いそれ以上に黒く深い闇を纏っていた。 この瘴気の量からして、この傷は魔物に直接負わされた傷なんだろう。 「瘴気に当たると危ないから、皆もう少し下がって」 言いながら、俺は男達に近づく。 「なんだお前は」 「おい、何をする気だ」 周りの人が騒ぎ出したところへ、エミーが駆け込んできた。 「その方は現在教会にお帰りいただいている、元聖女様です。皆様、ケイ様のおっしゃる通りにお願いします」 エミーは聖教の紋章が刺繍されたいつもと同じエプロンドレス姿で、その姿を見れば一般の人達にもエミーが聖教の聖女に近いところで働いているのがわかるようになっていた。 「エミー、ありがとう」 俺は礼を告げて、両手に聖力を集める。 一年の間で覚えた様々な術を、まだ俺は忘れるほどの時間を過ごしていなかった。 白く輝く聖力を正しい手順で整えて、俺は彼らの周囲を浄化し、傷口を覆う瘴気を祓った。 よし、これでこの傷にも治癒魔法が効くようになる。 次は治癒魔法だな……。 これは、聖力だけじゃ使えないので魔力も混ぜて……。 「ケイ様、どうぞご無理はなさらないでください」 エミーの声が心配そうな響きで届く。 うん? そんな無理なことをするつもりはないけど……。 と、思った俺の視界がぐらりと揺れた。 な……。 なんだ、これ……。 魔力が引き出せない、というか、俺の中に魔力が無い、のか……。 エミーが気づいて俺の肩を支える。 そこから魔力を送られて、俺はエミーの魔力を使って治癒魔法を使った。 男の怪我が治って、周囲からわっと歓声が上がる。 その歓声がやけに遠い。 頭がぐらぐらしている。 男に繰り返し頭を下げられて「治ってよかったね」と答えたけれど、情けない事に俺は立ち上がれないほどに疲弊していた。 近くの住民が荷車を出してくれるというので、ありがたくお願いする。 「ケイ様……私の説明不足でした……。申し訳ありません」 木陰で横たわる俺に、エミーが膝をついて深く頭を下げた。 「いやいや……、俺が先走ったのが……悪かったんだよ。……頭を、上げて……」 俺は上がったままの呼吸の合間に何とか答える。 聖力は、今までほどではないがそれなりに使えることは確認していた。 しかし、まさか魔力がなかったとは……。 いやまあそうだよな。 元々俺の体には魔力なんてなくて当然なんだから。 聖女の時に姿が変わるのは、この問題を何とかするためなんだろう。 そっか……。 あの体は、俺がこの世界で聖力を存分に使えるためのものだったんだ……。 俺の姿が変えられたことにも必要性があったのだと分かったことで、俺はなんだかホッとした。 そうなんだよな。 俺は正直、可愛い姿でディアリンドを騙していたことに罪悪感がある。 その姿が俺の意思ではなかったとしても、そこで少女らしく振る舞ってしまったのは俺の失敗だ。 遠くからガラガラと荷車の音が近づいてくる。 呼吸も少し楽になってきた。 俺は何とか体を起こすと、ようやく怪我をした男達に尋ねた。 怪我をした場所や襲ってきた魔物の様子について。 野次馬で集まっていた人々は既に立ち去っていたが、俺が怪我を治した男とそれを支えてここまで来た男の2人は、まだ疲れが残っているだろう体で俺を道の脇の木陰まで連れてきてくれて、今もずっと俺の体調を心配して健気に煽いでくれていた。 男達の話によると、魔物に襲われたのはここからほど近い東の森らしい。 魔物の姿は一瞬でよく見えなかったが蛇のようなものに見えた。と話していた。 傷はそう深い物ではなかったが、ポーションを飲んでも治らず、痛みは次第に増すばかりで、毒か何かだろうかと仲間に支えられて教会を目指していた途中で、仲間の方も瘴気にあてられて力尽きたという話だった。 「あんなところに魔物が出るなんて……」 エミーが呟く。 東の森には大人も子どもも毎日沢山の人が入るのに、このままでは危ない。 「すぐに行って浄化した方が良さそうだね」 「ケイ様はまだ動けませんよ」 「う……、でも今の聖女さんはまだ聖力がうまく使えないだろ?」 「すぐに司祭様にお伝えして、森を封鎖してもらいます」 「それがいいね」 エミーが立ち上がり、心配そうに俺を振り返る。 俺は男2人の手によって何とか荷車に乗せられたところだった。 こういう時、男の体だと面倒かけちゃうな。 可憐な少女だった時なら、男手1つあれば背負って十分移動できるのにな。 「俺なら大丈夫だよ、荷車にも乗せてもらったし、もう教会は目と鼻の先だから」 俺は、もう二度とこんな事で倒れるまいと心に誓いながら、エミーを促す。 「では……お言葉に甘えてお先に失礼いたします。直ぐ戻りますのでっ」 うんうん。と頷いて手を振る。 エミーは名残惜しそうに俺をもう一度見つめてから、教会へと走り出した。 それでいいよ。 ここらの人に伝言を頼んでも、司祭様の元に話が届くまでに時間がかかってしまうだろうから。 エミーなら直接司祭様の隣まで行って話ができるからね。 「ではケイ様、動きますよ。ちょっと揺れますが勘弁してください」 「はい、お願いします」 柵のない荷車から俺が落ちないようにと、2人の男も荷車の両脇に付き添って、日陰を作ったり扇いだりと世話をしてくれている。 男達は浄化で汚れや血の跡が消え去っていたので、今は怪我をしていた男の服が少し破れているくらいで一見元気そうだが、疲労はまだ残っているだろうに申し訳ない。 何だか俺のうっかりミスで、余計な迷惑をかけてしまったな……。 ガラガラとゆっくり進む荷車でようやく教会の敷地に入ったところで、青い髪の青年が奥から出てきた。 ディアリンドだ。 彼は、俺の姿に一瞬足を止める。 その眉が怪訝に寄せられた。 ……いや待て、ディアリンドからしたら俺のこの状況はどう見えてるんだ? えーと、暑くて歩くのも面倒で住民に車を押させている……? もしくは、日中から飲み過ぎて運び込まれている……か?? 待て待て、どっちにしろ最悪じゃないか! 聖女様は今日も懸命に励んでいるのに、元聖女のお前は一体何をしているんだと言わんばかりの冷たい視線に、思わず身がすくむ。 「ディ……」 何とか弁明しようと思った俺に背を向けて、彼は足早に去ってゆく。 足音が荒い。 真面目な彼の事だ、怒るのも当然だろう。 きっと俺の話なんて聞きたくもなかったんだろうな。 そう思ってしまうと、心だけでなく身体までもがずっしりと重くなった。

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