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東の森へ行こう

「……ケイ様? 何をなさってるんですか?」 エミーの声に俺は腹筋の途中で半分持ち上げた上体をそのままに扉を振り返った。 「えーと……。俺、ノックを聞き逃したかな……?」 「大変失礼いたしました。なにぶんケイ様は医師より安静を言い渡されておりましたので、まだお休みであると思いまして、ノックを控えた次第です」 答えるエミーの目が、笑っていない。 「ご、ごめん……なさい……」 俺の謝罪にエミーは深いため息をついた。 「責めたいわけではなく……。ただケイ様のお身体を心配しているのです」 その声は本当に心配そうで、俺は「ありがとう」と微笑んだ。 あの後、教会に戻った俺は高熱を出して寝込んだ。 医師の話では、この身体に初めて魔力を通した事による体の一時的な防衛反応らしい。 明日には下がるだろうと言った医師の言葉通り、熱は今朝には下がった。 そんなわけで俺は朝から日課の筋トレをしていたのだが、エミーに見つかって怒られている……いや、心配されているところだ。 「ええと……、朝食をすませたら森に行こうと思うんだけど、1人じゃ流石に不安だから、何人か騎士を貸してもらえないかな?」 俺の言葉に、エミーはもう1度大きなため息をついた。 「かしこまりました。ケイ様は言い出したら聞かない方だと存じ上げておりますので」 つまり、騎士が用意できなくても俺は1人で森に行くだろう事が読めているので、なんとかして騎士を手配してきてやるからそれまで待つように。 という事かな。 「ありがとうエミー。いつも無茶言ってごめんね」 「そう思ってくださるのでしたら、もう少しご自身を大事になさってください」 不服そうに言うエミーに、俺は反省しつつ「はい」と答えた。 *** エミーが頑張ってくれた結果、教会を守護する聖騎士から3人、聖女の護衛騎士から1人に来てもらえた。 俺は教会の東門に集まってくれた4人の騎士達と合流した。 「できれば護衛騎士をもうお1人はお借りしたかったのですが……」 エミーが悔しそうにしている。 「いいんだよ」と俺は肩に力を込めたままのエミーの背をそっと叩く。 きっと反対したのはディアリンドだろう。 聖女の守りが薄くなるなんて絶対ダメだって主張したんだろうな。 でも確かに、今回は魔物と戦闘になる可能性が高いからなぁ……。 護衛騎士が1人だけなのはちょっと心許ない。 聖女を護衛する騎士達は毎年の巡礼で魔物との戦闘にも慣れている。 しかし教会の警備が仕事である聖騎士は魔物を見た事がない者も多い。 とはいえ、そんな中でも魔物の討伐に来てくれたんだから、その気持ちは本当にありがたい。 「皆、忙しい中俺についてきてくれて本当にありがとう。今日は少し危ない目に遭うこともあるかも知れないけど、皆で力を合わせて頑張ろうね」 そうして教会から歩いて1時間足らずの東の森へと向かう。 道すがら、魔物がこんなに近くに出ている原因をエミーが説明してくれた。 「ケイト様の次の方が、近年稀に見るダメな方だったんですっ」 「いやそんな、ダメなんて言わないであげて……」 「それでもケイト様が完璧にこなしてくださっていたおかげで、今年まで何とか持っていたのですが……」 「そうそう、聖球があったはずだよね? 俺は結構多めに作って帰ったはずだけど……」 「それを使い果たして、なんとか帳尻を合わせたのが昨年です……」 「えっ、じゃあもう残ってないの!?」 それで今年の聖女さんはあんなに必死で頑張ってるのか……。 もしここに俺がいなければ、この世界にはもうあの聖女さんの聖力しか頼るものがないんじゃないか。 「俺、追加で作るよ? 聖球」 俺の言葉に、エミーは頭を下げる。 「……申し訳ありません。あれは聖女様のみに作ることが許されていますので……」 ああなるほど。 「そうか。元聖女に仕事を作っちゃうと、のんびりしにきた元聖女さんに悪いもんね」 俺は頷いて言う。 「エミーが悪いんじゃないんだから、謝る事ないよ」 でもそうだな……。 そうなると、聖球作りはあくまでも……。 「これは俺の個人的な趣味としてなんだけど、何だか急に水晶球に聖力を注ぎたくなってきたなぁ」 俺の言葉にエミーがふきだした。 「あの球って買うといくらするのかな。俺が自由に使えるお金があるといいんだけど、あいにく俺はこの世界だと一文無しなんだよね」 俺は情けない事実に苦笑を浮かべる。 「ケイ様……」 エミーの表情が和らいだのを見て、俺はホッとする。 「教会にお世話になってるんだから、俺でできる事ならなんでもやるよ。遠慮しないでエミーもどんどん頼ってね」 今まで俺達の前を黙々と歩いていた護衛騎士のロイスが不意に立ち止まり、振り返った。 「もしかして……ケイ様はケイト様なのですか……?」

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