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浄化しよう

俺は隣のエミーと顔を見合わせる。 うーん……。まあ、俺も別に嘘を吐くつもりはないしなぁ……。 「バレちゃったか。黙っててごめんね、その……ディアリンドには内緒にしててもらえないかな……」 俺の言葉に、ロイスは息を呑む。 明るい金髪に碧眼のロイスはそばかす顔の気さくな騎士で、俺が聖女を務めていた頃も気安く話しかけてくれていた。 きっとその性格から、エミーの頼みに快く手を挙げてくれたんだろう。 そんなロイスだが、今はまるで理解できないというような顔で俺を見つめていた。 「一体……どうして……」 「だってほら……ショックを受けると思うから。ディアリンドは俺のこと、女の子だったと思ってるでしょ……?」 さあっとロイスの顔色が変わる。 「そ、それは確かに……」 「でしょ? だから、黙っててくれると嬉しいよ」 「……かしこまりました……」 つぶやいたきり俯いてしまったロイスに、俺はなんと声をかけたものか悩む。 「えと……」 次の瞬間、ロイスはガバッと顔をあげた。 「では口止め料といたしまして、ケイ様に個人的なお願いをしてもよろしいでしょうか?」 「ぇ?」 「例えば、私の個人的な装備品の水晶球に、聖力を注いでいただくような」 ああ。そういえばロイスは貴族の次男だったっけ。 確かに、ここにいる6人の中では、自由に使えるお金を1番持っているんだろう。 「俺にできることなら、喜んで」 俺が笑って答えると、ロイスがどこか懐かしそうに目を細めて笑った。 「ケイト様……いえ、ケイ様は変わらないのですね」 ロイスは俺がケイと名乗っている理由も察したらしく、すぐに言い直してくれた。 「私は、ケイ様の事も当時と同じく誠心誠意お守りすると誓います」 臣下の礼を捧げてくれるロイスに、俺は慌てて手を振る。 「いやそんなそんな。護衛騎士の皆さんは聖女さんを守るのが仕事でしょ?」 「私にとって、ケイ様はいつまでも聖女様ですよ」 えええ、どういう事だろう……。 でもとにかく、好意的に接してくれるのは嬉しい。 護衛騎士の皆さんにはなんだか警戒されてるみたいだったから、1人だけでも味方になってくれたんだと思うとすごく心強かった。 *** 東の森の周囲には兵士たちが等間隔に並んでいた。 確かに、森だとどこからでも入れちゃうから、封鎖するって一口に言っても結構な人手がいるんだろうな。 出入り口に立つ衛兵にエミーが司祭様から預かった許可証を見せる。 森に入って10分も歩けば、あたりの空気に瘴気が混ざり始めた。 思ったより森全体に魔物がいるのか、それとも俺達がいる場所がたまたま魔物に近いのか……。 「皆さんに聖なる加護を授けます。少しの間じっとしていてくださいね」 自分を含む全員に加護を付与すると、肺に入る空気が少し軽くなった。 「ごめん、思ったよりも状況が悪そうだ、エミーは入口に戻った方がいいかも知れない。一旦入り口まで皆で引き返そうか」 俺の言葉に、エミーが首を振る。 「いいえ。ケイ様の足手纏いにはなりません」 「ええっ!?」 「二度とあのような事にならぬよう、私も努めてまいりましたので」 あのような……? ああ、あれかな。 俺が聖女だった頃に、一度森でエミーを庇って怪我をした事がある。 それ以降エミーにはいつも馬車で待っていてもらったんだけど、そういえば巡礼の終わり頃に俺が無茶をして倒れた時、エミーは自分がついていればよかったってずいぶん悔やんでたな。 「それで……えーと?」 真意を掴みかねている俺の言葉に、聖騎士の1人が口を開く。 「エミー様は毎週我々の鍛錬に参加していました。戦えずとも我々の邪魔になる事はないと思われます」 「えっそうなんだ!?」 エミーを振り返れば、エミーは少しだけ恥ずかしそうに「及ばずながら」と頷いた。 そういえば、俺を負傷者の元に案内するのに走っていた時も確かに、そんなスカートでよくそんなに走れるなって意外に思ったんだ。 そっか。 エミーは俺のことがあってから、ずっと頑張ってたんだ……。 「分かった。じゃあ俺のそばを離れないでね」 「かしこまりました」 エミーの嬉しそうな微笑みに、俺もついにっこりしてしまう。 よし。 この森に何匹の魔物がいようとも、必ず俺が全員を守ってみせる。 俺は気合いも新たに森の奥へと向かった。 *** 「ロイス、右だ!」 「ハッ!」 俺の声に瞬時に応えてロイスが鋭い一閃を放つ。 それに切り裂かれて、最後の魔物が地に伏す。 「すごいや、やっぱりロイスは強いね!」 俺は駆け寄って、魔物の残骸を浄化する。 それから目を閉じて胸の前で両手を組み、周囲の気配を探った。 ……このポーズも、可憐な少女がやれば可愛いんだけどなぁ……なんて思いながら。 「うん、これでもうこの森に魔物は残ってないね」 俺の言葉に、騎士達がワッと声を上げた。 「皆お疲れ様。怪我はない? 魔物の怪我は浄化しないと治らないから、どんな小さな怪我でも遠慮なく教えてね」 エミーに、騎士達の自分では見えない部分のチェックを頼んで、俺は久々の広範囲浄化に取り掛かる。 まずは薄い聖力で森全体の広さを把握して………………。 あー……。 ちょっと、この広さは……、俺の今の残り聖力で足りるかなぁ……。 チラ、とロイスを見ると、ロイスは俺を半眼でじとっと見つめ返した。 「ケイ様、私にはわかりましたよ?」 ロイスの言葉に、エミーまでもが「私にもわかりました」と言う。 「……でもさ、他に方法がないし……」 「今日と明日に分けて、半分ずつ浄化するのはいかがでしょうか」 エミーが提案する。 「その間に、また新たな魔物が生まれるかも知れないよ」 「その場合は明日もまた私が同行……ぁ……」 「ロイスは明日はお休みじゃないか」 「休日は返上します」 「ダメだよ、可愛い娘さんと遊んであげなきゃ」 「うぐっ」 聖騎士達は今回ほとんど戦力にならなかったからか、俺たちのやりとりをハラハラしつつも黙って見守っている。 「大丈夫だよ、俺は怪我するわけでもないし。ただちょっと、帰りは歩いて帰れないかもなーって……思ってるだけで……」 エミーとロイスは顔を見合わせて、それから大ため息をついた。 それを渋々の同意と受け止めて、俺はこの場の全員にもう怪我がないことを確認してから、久しぶりの広範囲浄化を行なう。 先ほどと同じ祈りのポーズで、森の隅々にまで聖力を浸透させる。 ここで聖力をケチっては、浄化し残しが出てしまうからな。 俺は惜しみなく聖力を注いで、東の森を浄化し尽くした。 確かな手応えに「よし」と目を開いた途端、膝が崩れた。 あ。まずい、両手を組んだままで、手が出な……。 思わずもう一度目を閉じた俺を、両側から太い腕がガシッと支えてくれた。 「……ぁ」 「ケイ様、お疲れ様です」 「本当にありがとうございます」 ロイスと、聖騎士の人だ。 「どう、いたしまして……」 微笑もうと思ったんだが、俺の視界はぼやけていく一方だ。 ああ、だめだ。 ここで気を失ってしまっては、エミーにもロイスにもまた心配をかけてしまう。 そう思って心中でもがくものの、俺の耳にはなんの音も届かなくなってしまった。 あーあ……。 これは目覚めたら絶対エミーに叱られるだろうな。 ……でも、東の森にはこれで1年以上は魔物が出る事もないだろう。 俺の心に、森で遊ぶ子どもたちや、木を切り野草を取る人々の姿が浮かぶ。 皆の安全と生活を守ることができて……、本当に、よかった……。 ……。 それからどのくらい経ったのか。 ふわりと意識が浮上してきて、カチャカチャと小さな金属音が耳に届いてきた。 ああ、これは騎士達の甲冑の音だな……。 瞼を開くと、俺は2人の聖騎士に肩と足を抱えられていた。 ああ、これはまだ帰り道だ。 よかった。教会に意識不明のまま運び込まれずに済んで。 「ケイ様!」 俺の意識が戻ったことに気づいた皆に「ごめんね」と掠れた声で謝る。 涙を浮かべたエミーには「後でしっかりお話しさせていただきます」と言われてしまった。 森を出て教会へと続く道へ出たところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。 この声は、昨日荷車を出してくれた近隣の住民で名前は確かフィリバだ。 俺を心配してくれるフィリバにエミーが事情を話すと、彼はすぐまた荷車を持って来てくれた。 俺も意識が戻ってしばらく経ったし、そろそろ座るくらいはできるかな。 なんとか座らせてもらって、ホッとする。 お礼を言いたかったけど、まだうまく話せそうにない俺に代わって、エミーが丁寧に礼を言ってくれていた。

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