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教会で
自室のベッドに寝かせてもらって、俺はここまで運んでくれた皆に改めて礼と詫びを言った。
皆笑って許してくれて、しっかり休むようにと言ってくれた。
その優しさに心が温まる。
俺も、いい加減こんな風に迷惑ばかりかけてしまわないようにしないとな……。
ロイスに今日の討伐状況と浄化強度を伝えて、騎士団長さんへの伝言を頼む。
それと、ディアリンドへの口止めも。
もしディアリンドが教会のそばの森まで魔物が来ていたと知ってしまったら。
「彼は真面目だから、すぐになんとかしないとと思って、聖女さんにもっと頑張れって迫ったり、自分で全部倒しに行こうとするでしょ」
俺の言葉にロイスが「確かに……」と引き攣った顔で頷く。
「俺が見る限り、今の聖女さんは十分頑張ってるみたいだし、頑張り屋さんにはこれ以上プレッシャーをかけない方がいいと思うんだ」
これ以上彼女を追い詰めてしまうと、ちょっと……危なそうに見えるんだよな……。
部活でもそうだったからなぁ。
「はい、はい、頑張りますっ」てメモをとったりしてる懸命な人ほど、ある日突然「自分には向いてないんで、やめます」って部活をやめちゃったりするんだ。
もっとなんでも言ってくれたら……。
辛いよって難しいよって、こんなのできないよって、もし一度でも言ってくれてたら、あの頃の俺でもきっと助けられたのに……。
俺の言葉に、ロイスがもう一度「確かに……」と呟いた。
「俺の時はロイスの言葉に随分助けられたから。ロイスも彼女に声かけてあげてね」
なんとか少し動くようになった頬で小さく微笑むと、ロイスも小さく笑って「はい」と答えた。
***
教会の廊下を歩いていたディアリンドは、空の荷車を引く同僚の姿を目にして彼を呼び止めた。
「ロイス、それはなんだ」
「これか? ちょっと借りたんだよ。今から返しに行くところだ」
「……まさか、またあの男が乗っていたんじゃないだろうな」
「またってなんだよ」
「あの男は昨日もそれに乗ってここまで帰って来たんだ」
「は……? 二日連続だったのか……。そりゃエミーちゃんも泣くわ……」
頭を抱えるロイスに、ディアリンドは眉を顰めた。
……あの男は自身に仕えている従者を泣かせるような真似をしたのか。
その上、本来なら聖女様に仕える護衛騎士に、まさか荷車を引かせるとは……。
「それで、あの男は今何をしてるんだ」
「今はお部屋でお休みになっているよ」
「ふん、散々遊び回ってごろごろして、本当にいいご身分だな」
途端、ロイスがざわりと殺気を放った。
「お前にそんな事を言う権利はない!」
その剣幕にディアリンドは息を呑む。
一体どうしたというのだろうか。
ロイスだって今までに、ダラダラと遊び暮らす元聖女様を皮肉ったりしていたはずだが……。
「あの方はいつでもお前や俺達の事ばかりお考えくださっているのに、それをお前がそんな風に言うなんて、たとえあの方がお許しになっても、俺は絶対に許さないからな!」
……どういう事だ?
私の事を何も知らないあの男が、どうして私を気遣う必要がある。
私を気遣う暇があるなら、このロイスを気遣ってくれればいいのに。
ディアリンドは納得できない気持ちを抱えながらも、憤るロイスを前に頭を下げた。
「……失言でした」
「ったく。お前ももっとよく見てみれば、すぐわかるだろうに……いやでも分かっちゃマズいのか? ああくそ、何をどうしてやればいいんだよ、まったく……」
ロイスは何やらぶつぶつと呟きながら、ディアリンドを置き去りにして荷車を引いて行ってしまった。
一体何をよく見ろというのだろうか。
いや、そんなことよりも今は聖女様のことだ。
聖女様のサキ様は今日、聖力のコントロール練習の途中で体調を崩してお部屋にお戻りになってしまった。
今日サキ様付きの侍女に様子を聞いたところ、サキ様は3日ほど前から徐々に食事をとる量が減っているらしい。
暑気あたりだろうか。
この暑さが響いているのなら、少しお休みいただけば回復なさるかも知れない。
けれどもし、そうでなかったとしたら……?
……私はその先を想像するのが恐ろしくなって、思考を止めた。
目を閉じた私の眼裏に、美しい桃色の髪が揺れる。
ケイト様……。
私の中に強く残った彼女の姿は、一年が過ぎた今でも少しも色褪せていなかった。
彼女は本当に、素晴らしい方だった。
いつでも優しく懸命で、我々騎士にも隔てなく、よく微笑んでくださる方だった。
けれど、ケイト様は無理ばかりなさる方だったから。
ついつい、次の聖女様には無理をさせないようと我々は揃って甘くしてしまった。
それが良くなかったのだと気づいたのは、召喚から2か月経っても彼女が聖力をまるでコントロールできていないと分かってからだ。
練習に本腰を入れても残り1か月で身についた技術は本当に些細なもので、巡礼で汚れを払うためには、ケイト様の残してくださった聖球を使い続けるしかなかった。
あんなに沢山、私達の事を思って、旅立ちの当日まで毎日ケイト様が作り続けて下さった聖球を。
私は、自分達の失態を埋めるために使い果たしてしまった……。
彼女の残してくださった優しさを、私達は使い切ってしまったのだ。
……もう我々には後がない。
今回の聖女様には、しっかりと役目を果たしていただかなくては……。
ディアリンドは決意を固く握り締めて、踏み出した。
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