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術式開発って結構楽しい
今年の聖女である咲希ちゃんは、池田 咲希(いけだ さき)という名前の、俺より3つ年下の女の子だった。
こちらでの姿は水色のサラサラロングストレートの髪に、水色よりは濃いけどディアリンドの瞳よりは薄い、淡い青の瞳をしていた。
咲希ちゃんには最初は少し警戒されていたけれど、話してみれば素直な子で、すぐに打ち解けてもらえた。
この調子なら、俺は時々訪ねて話し相手になるだけで、彼女は十分やっていけそうだ。
「サキ様、お喜びでしたね」
斜め後ろでエミーが言う。
「うん、よかったよ」
「ケイ様の努力が報われて、私も嬉しいです」
「そうだね。エミーもたくさん手伝ってくれてありがとう」
司祭様に咲希ちゃんの様子を見てもらえないかと相談された俺は、咲希ちゃんがどうやら夏バテらしいという話を聞いて、なんとかできないか考えた。
エアコンを実現するには風と氷と水の魔法に火の魔法まで全部組み合わせないと難しそうで、せめてクーラー……冷風扇のようなものが作れないかな、とか、扇風機なら風魔法だけでも……と色々試してみたが、結果は惨敗。
そもそも、魔法には人それぞれ属性ごとに得手不得手があって、エミーは水と氷に適正があったものの、風がうまく使えなかった。
そうして試行錯誤した結果、俺は水と氷の魔法に聖力を組み合わせて、物の温度を固定するという術式を編み出すことに成功した。
エミーが言うには、俺の作り出したこれは完全に新しい術式らしく、魔法局を通して特許のようなものを取ると、後々この術式を商品開発に利用するのに特許使用料のようなものが入るようになるらしい。
俺はこの世界にそんなに長居できないので、この術式はエミーに譲った。
エミーは最初こそ遠慮していたが、資金があれば俺の助けになるかもしれない、とその特許らしきものを取ることにしたようだ。
申請から登録までは順調でも半年ほどかかるという話なので、俺は期待せずに待つことにした。
なにせこの術式は聖力を使うことが前提となる時点で聖女か元聖女にしか使えない物だから、正直術式を知ったところで他の人には使いようがないと思うんだよな……。
エミーの夢を壊すのも申し訳ないので、そこは言わないでおこうと思うけど。
しかし、魔法術式を作るのって結構楽しいな。
実際はひたすらに計算式を組み合わせてはトライ&エラーを繰り返す作業なんだけど、俺は数学が好きな方だったおかげか、こういう作業が苦ではなかった。
むしろ、想定通りに魔法が成功した時の爽快感は強烈で、また機会があれば術式開発をしてみたいと思っている。
そういえば、エミーがダメ聖女だったと言っていた前の聖女ちゃんだが、聞くところによると12歳だったようだ。
いや、流石に12歳の子に聖力制御をしろというのは……、高校範囲の数学は……ちょっと難しいと思うよ……。
もちろんできる子にはできるんだろうけど、向き不向きもあるだろうし……。
聖女として召喚されるのはこれまでずっと10代の人間だったらしい。
聖力は心の清らかさによって決まるらしく、その強さを基準に召喚されるらしいのだが、心の清さと数学の適性はまた違うものだからなぁ……。
そんなわけで、聖女が次代の聖女の為に聖力を込めた聖球を残すようになったのも、そんな時のための保険なんだなと改めて理解できた。
咲希ちゃんが巡礼に向けて準備を進める間、俺も毎日コツコツ聖球を作った。
夕食後、俺が部屋で聖球作りに没頭していると、コンコンとノックの音がした。
エミーが開けると木箱を抱えたロイスが顔を出す。
「ああ、ロイスいらっしゃい。遅くまでお疲れ様」
笑顔で迎え入れた俺に一瞬笑顔を見せたロイスが、俺の手元を見てその碧眼を半分にする。
「……それをおっしゃるならケイ様の方が、よっぽど長い事お仕事をなさってるんじゃないですか?」
……うん、実は朝から寝るまでやってました。
だって俺には他にできることもないしさ。
「あはは、違うよ。これは俺が好きでやってる、趣味だからね」
誤魔化すように笑ってみるけど、ロイスの碧眼は半分のままだ。
「ロイス様もっとおっしゃってください。ケイ様はお食事とサキ様へのご訪問以外ずっとこの調子なんですよ」
エミーにまで言われてしまう。
「……やっぱり、これは無かったことにしましょう」
ロイスが木箱を抱えたまま踵を返そうとする。
「わぁ、待って待って! ちゃんと休憩はするからさ。それ新しい水晶球なんだろ?」
「……ですが、私はケイ様にご無理をさせたくありませんので。また3日後に参りますので、それまでどうぞゆっくりお休みになってください」
うわ、これロイス本当に帰る気だ……。
「ごめんて、ロイスっ、許してお願いっ! もっとペース落として作るからっ!」
俺の必死の懇願に、ロイスが渋々足を止める。
「なんかこれじゃ私が意地悪してるみたいじゃないですか……」
ため息と共に部屋に戻ってくれたロイスに、エミーがお茶を用意する。
俺は完成した分の木箱をロイスに確認してもらう。
「もうこんなに……しかも全部に満タン入ってますね……」
ロイスはそう言ってもうひとつ大ため息をつく。
俺は、手にしていた水晶球を下ろすと、エミーが出してくれたお茶を口にした。
「ああ、エミーの入れてくれるお茶はいつも美味しいな。ホッとするよ」
「ありがとうございます」
ロイスも出されたお茶を口にしてから、俺に言う。
「しかしなんだってこんなに、一気になさろうとするんですか……」
「だって……一つでも多く作れば、その分皆の役に立つかなって思ったら、つい……やめられなくてさ……」
カチャリとソーサーにカップが降ろされて、ロイスの瞳がまた半分になる。
「ケイ様は本当に……そういうところですよ」
エミーまでが「そういうところです」と同意する。
どういうところだ……?
「いいですか、一日に6時間以上作業をなさらないこと。それをお守りいただけるようでしたら、あの木箱を置いていきます」
不思議なことに、この世界では季節も時間も単位もそのほとんどが俺の知っている言葉で表現されていた。
俺がこの世界の字も本も読めるところから、おそらくなんらかの不思議な力で自動的にお互いの知っている単語に翻訳されているんだろう。
「6時間はちょっと少なすぎるよ。ロイスも8時間くらい働いてるでしょ?」
「私はもう大人ですから。フロウリアでは20歳までは労務時間は6時間以内ですよ」
ああ、それでいつも17歳のディアリンドや19歳のアレクが早く帰るのか。
「俺の世界では18歳から成人だから、俺はもう成人だよ」
「……そうなのですか?」
お。これは押せばいけるかも……?
しかし、躊躇ったロイスと違って、エミーは一歩も引かなかった。
「郷に入りては郷に従えというではありませんか。フロウリアではフロウリアのルールに従っていただきます」
……そんな言葉までこっちにもあるんだ……?
「うう、わかりました……」
しょんぼり俯く俺に、エミーがダメ押しをする。
「今後は私がケイ様の作業時間の記録をきっちりつけさせていただきます。もし1日の作業時間が6時間を1分1秒でも越えましたら、翌日は強制的にお休みの日にさせていただきます。よろしいですね?」
俺は「はい……」と答える他なかった。
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