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乗馬、できるかな

「巡礼に……ケイ様が……ですか?」 「うん、できれば一緒に行かせてもらえないかと思って」 俺は、司祭様に巡礼への参加をお願いしてみようと思っていた。 巡礼は来月頭に始まり、8か月かけて国を東回りに一周する。 この教会があるのは国の北の端で、そこから国の南端までが3か月、南端で2か月間装備の補修をしたりしつつ冬をやり過ごしたら、残り3か月で国の西側を浄化しながら北上して、初夏の気配がする頃またこの教会に戻ってくるという寸法だ。 偶数年と奇数年で東回りと西回りが交互に行われるらしいが、今年は俺の時と同じ東回りだ。 旅の行程もまだ覚えている。 「ですが……、巡礼には危険が伴います。どうしてケイ様が……」 エミーの声には不安が滲んでいる。 そうなんだよな。 多分、俺の時より今回の巡礼の方が過酷なはずだ。 俺の前の聖女さんはそこそこできる方で、聖球の作り置きもまだ残っていた。 それでも巡礼では度々危ない目に遭った。 だというのに今回は、前回の浄化し残しがたくさんあるのが分かってるんだからな。 魔物の数も強さも、前回の比ではないだろう。 8か月もの間、教会で皆の無事を祈り続けるくらいなら、ついて行ったほうがマシなんじゃないだろうか。と思ったまでだ。 「少しでも力になれるかと思って」 俺が苦笑して言うと、エミーはちょっとだけ泣きそうな顔をして、それきり黙ってしまった。 反対したいけど、できないんだろうな……。 エミーにはずっと良くしてもらってるのに、いつも辛い思いをさせてしまっている気がする。 「エミーは教会で待っててくれたらいいよ、危ないからね」 俺の言葉にエミーはキッパリ答えた。 「いいえ、私もお供します」 エミーのオレンジ色の瞳は力強く俺を見つめていて、これはどうあってもついてくるつもりなんだなと、説得を諦める。 本当は、教会で待ってて欲しいんだけどな……。 でもそんなのは、エミーだってそうなんだろう。 俺は「分かった、ありがとう」とだけ答えた。 *** 司祭様に「巡礼へ参加したいのですが」と相談すると、司祭様は言葉を詰まらせた。 そして、聖女様には内密にと前置きをしてから、俺に秘密を話してくれた。 俺はそれを聞いても、やっぱり巡礼に参加したいと伝えた。 司祭様は、俺の手を両手で包んで「ありがとうございます」と何度も頭を下げた。 そうして、俺の巡礼参加はすんなりと決まったのだが、問題は移動手段だ。 聖女の移動は馬車だった。 4人乗りの。 そこに今年は咲希ちゃんと、咲希ちゃんの従者と護衛騎士が1人乗る。 ……そこに俺が乗ったら、もうぎゅうぎゅうじゃないか。 それにエミーの乗るところがない。 エミーは「でしたら私は馬で行きます」と答えた。 「えっ、エミーって乗馬できるの!?」 ってそうじゃなくて、馬車に4人は……しかもがっしりしたのが2人も乗ったら、空気が悪くなっちゃうよ。 「でしたら馬車は2台ご用意いたします」 ああ、それなら1台に俺とエミーが乗ればいいから安心……って。 「それじゃ巡礼費用が余計にかかっちゃうよ。俺のせいで迷惑かけたくないから……」 言い合う俺たちに提案してくれたのは、司祭様だった。 「ケイ様、乗馬に挑戦してみませんか?」 司祭様に一筆いただいて、俺とエミーは教会の裏手にある厩舎に向かった。 「今から練習してそんなに乗れるようになるのかなぁ……」 「利口で優しい馬でしたら、乗っているだけでちゃんと歩いてくれますよ」 「なるほど……、自転車や車とはそこが違うのか……」 「?」 厩舎にはちゃんと来たことがなかったけど、奥には屋根付きの馬場まであったんだなぁ。 その向こう側がちょうど教会の北門になっていて、そこから外に出て広い草原を走り回れるようになってるのか。 確かに毎年巡礼で使う馬を育てて世話をしているだけあって、施設は立派なものだった。 俺が厩番の人に鞍や鐙の名前や使い方を教わっていると、ロイスがやってきた。 「おや、ケイ様が乗馬なさるんですか?」 「うん、初めてでちょっと不安だけど……」 「それはいけませんね。馬から落ちると下手をすれば死んでしまいますよ」 う。そ、それはそうだよね……。 「乗馬の練習には騎士を伴った方が……」と言うロイスが、俺に向かって姿勢を正して礼をする。 「私にケイ様の乗馬の供を許していただけますか?」 「えっ、本当にいいの? 今仕事中じゃないの……?」 すごくありがたいけど、迷惑じゃないかな……。 「ディアリンドに馬を引いてこいって言われてましたけどね、急ぎの用でもないんで、私が遅けりゃあいつが自分で来るでしょうよ」 ディアというのはディアリンドの愛称だ。 彼は名前が少し長いからか、騎士団内ではそう呼ばれることが多かった。 ニッと悪戯っぽい笑顔を向けられて、嬉しくなる。 「ありがとうっ。ロイスが付いててくれるなら安心だね」 俺はロイスに教えられて、ヨイショ。と踏み台から馬に乗る。 乗せてもらう栗色の毛をした馬は、とても大人しい子だと説明された。 「うわぁ、高いなぁ……」 馬の背は、思っていたよりも、ずっと高い。 「お気をつけくださいよ」 「はあい」 俺がロイスの指導でポコポコと歩き始めると、いつの間にかエミーが着替えて現れた。 どうやら俺が練習している間に自分も馬に乗っておくつもりのようだ。 鞍のついたスラリとした黒い馬を連れている。 もしかしてエミーには専用の馬がいたりするんだろうか? 「ロイス様、ケイ様をお願いできますか?」 「おう、行っておいで」 「ありがとうございます」 エミーは頭を下げて馬に飛び乗ると、そのままあっという間に門から外へ行ってしまった。 「速いなぁ……」 「すぐにケイ様もできるようになりますよ」 「そうだといいな」 エミーが走って行った先を眺めて、ふと空が薄暗くなってきていることに気づく。 朝は晴れてた気がするんだけど、いつの間にか雨でも降り出しそうな空になってきたな……。 俺がいる馬場は屋根がついているけど、エミーが雨に降られないといいな。 そんな風に考えた時だった。 ゴロゴロと唸った空から、眩しい光が降り注いだ。 次いで響き渡る轟音に、俺の馬が飛び上がった。 急な動きについていけず、俺の体は宙に浮く。 マズイ、落ちる――っ!! すぐさま近づく地面に、衝撃を覚悟する。 俺の耳に、グシャッと何かがつぶれる音がした。

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