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 ***〈ディアリンド視点〉  私は早足で厩舎へ向かっていた。  まったく、ロイスはいつになったら私の馬を引いてくるんだ……。  建物から出て厩舎が見える辺りで、突然、空が白く染まった。  次いで響く轟音。  近くで雷が落ちたか。  馬場から響く馬のいななきと、何かが地面に叩きつけられるような音。  まさか、今の落雷で誰か落馬したのか!? 「ロイス!」  聞き覚えのある声に駆け付けた馬場には、簡易甲冑ごと潰れて地面に横たわる同僚と、それに縋るあの男がいた。 「……っ、ごめん……っ、こんな大きな図体した俺なんか庇うから……」  男がロイスの潰れた甲冑を剥がそうとしているが、仕組みを知らないのだろう。私はすぐさま駆け寄ってロイスの甲冑を剥がしにかかる。  しかしこの有様では、剥がしたところでどうしようもないだろう。  ロイスの潰れた胸の骨は、既に肺を潰していた。 「ディアリンド……」  まるで信じられないようなものを見るように、私を見上げる男。  その瞳には涙が滲んでいる。 「ケイ、さま……、お怪我は……」  ごぽごぽと血の泡をふきながら、それでもロイスは男を心配した。 「喋らないで。すぐに治すからね」  それは無理だ。  こんな状態では、今から治癒魔法をかけたところで間に合うはずがない。  男は何かを探すように裏門を振り返り、苦しげに眉を顰めて、それから私を見上げた。 「ディアリンド、お願い。俺に魔力を分けてほしい」  懇願する男の黒い瞳から涙が零れる。  私は考えるよりも早く「分かった」と答えて彼の肩を掴んだ。  そこから魔力を流してゆく。  ぶわりと彼の聖力が広がり、ロイスを包む。  そこに私の魔力を器用に混ぜ込んで、彼は丁寧に治癒を始めた。  どうして私の魔力を使う必要があるんだ?  彼の魔力は尽きていたのか?  彼の魔力をよくよく探ってみるが、確かに彼にはひとかけらもそれが残っていないように見えた。  今まではどうだっただろうか。  魔力が強いと感じた事は確かになかった。  しかし子どもでもいくらか持っているはずのそれを彼から感じた事は、果たして一度でもあっただろうか。  ……まさか、元聖女は、魔力を持たない……のか……?  瞠目する私の目の前で、ロイスの体は驚異的な速度で治ってゆく。  呼吸の音がすっかり落ち着いてきたロイスと反対に、男の息は荒く乱れていった。  ぽた。とロイスの脇腹に落ちた雫は、涙ではなく額から流れた汗だ。  これだけの治癒魔法を操れる方は、私の知る限りあの方だけだと思っていたのに。  それができる方がこんなところにも居たなんて……。 「ケイ様、もう大丈夫です。あとは治療院に行きますから」  ロイスの言葉に、彼は首を振った。 「もうちょっと、だから……、お願ぃ……」  ロイスにもう少し治癒を受けて欲しいという意味だと思ったその言葉が、実は私にもかかっていたのだと、私は少し遅れて気づいた。  私の魔力を、後少しだけ分けてほしいと願われたのだ。  気づいた瞬間、心臓が大きく跳ねた。  私の魔力などいくらでも差し出したくなってしまうような、そんな衝動に必死で抗う。 「ケイ様!」  向こうから聞こえた声に顔をあげれば、エミーが馬で駆け寄って来る。  ふ。と聖力が途絶えて、私の魔力の注ぎ先が消える。 「これで、全部……治っ……」  揺らいだ彼の肩をしっかりと抱き止めたのはロイスだった。 「またこんな無茶をして……」  目を閉じてしまった彼を、ロイスはどこか悲しげに見つめた。 「ケイ様が倒れて、エミーに泣かれるのはこっちなんですからね」  彼の汗で額に張り付いた前髪をロイスは優しく指先で整える。  また……?  ではあの時も、その前も、彼が荷車で運ばれていたのは、誰かのために力を使い果たして動けなくなっていたからだというのか。  私にだって、もう彼が怠惰で歩くことを厭うような人ではないと分かっている。  だとしたら、私のあの言葉は一体どれほど無神経だったのだろうか。  ……私は、あの時のロイスの怒りが今になってようやく理解できた。 「ロイス……」 「ん?」  私を見上げたロイスが、何かを期待しているような顔をする。  なんだその顔は?  そもそもロイスは私の馬を引きに行ったのではなかったか?  どうしてこんなところでへしゃげていたんだ。 「まずは事情を説明しろ」  私の冷たい声に、ロイスは引き攣った。  駆けつけたエミーにも話を聞いたところ、どうやら彼は巡礼についてくることになったらしい。  確かに彼がいてくれれば、サキ様のお心にも良いだろう。  ただ、馬車を融通する金を惜しがって馬に乗ろうなどと考えるのはいただけない。  付け焼き刃の馬術で長期の旅に付き添おうなど、こちらの負担になるばかりだ。 「分かった。それなら馬車は私が出そう」  私の言葉になぜかエミーもロイスも驚いた。  どうしてだ。  馬車があるのが一番だろう。  私の私費で馬車を出すのであれば、当然私が乗ることもできるわけだし、旅先で怪我をした場合の保険にもなる。  私がそう言うと、エミーとロイスも「そういう事なら……」と引き下がった。  ……それにしても、ロイスはいつまで彼を抱き抱えているつもりなんだ。 「彼を部屋に運ぶのなら、手伝おう」 「あ、ああ、助かる……」  言ってロイスが彼の両腕を抱えようとするのを私は止めた。 「ロイスはひどい怪我をしたばかりだろう。足を持て」  ロイスはなぜか一瞬驚いたような顔をする。  どうしてだ。  私は何もおかしな事は言っていないはずだが。  彼の背中側へ回り込み、その両肩を抱える。  彼の肩幅は、私と同じか、もう少し広かった。  ずっしりと重い体に、やはりあの方とは全然違うと感じる。  それでも、彼の心はあの方のように優しく真っ直ぐであることを、私は認めざるを得なかった。

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