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秋の空と立派な馬車
巡礼へ旅立つ日がきた。
秋晴れの爽やかな青空の下で、聖女の咲希ちゃんは朝から聖地巡礼の出発式典に参加して民達に顔を見せていた。
式典から戻った咲希ちゃんはちょっと疲れた顔をしていたけれど、俺が声をかければ笑顔を見せてくれた。
「咲希ちゃん、式典お疲れ様。ドレス姿とっても可愛かったよ」
「わぁ、ケイさんも見てくれたんですか? 嬉しいですっ」
今は旅服としてシンプルなローブに上からコートを羽織っている咲希ちゃんだけど、式典では水色の髪に、それよりももっと淡いパステルブルーのドレスが華やかだけど清らかで、とっても似合っていた。
「今日は移動だけだから、また宿で会おうね」
「あれ、ケイさんとは同じ馬車じゃないんですか?」
「あ、うん。俺はこっちなんだ」
「えー、残念です……」
「朝から式典で疲れたでしょ、街に着いたらまた挨拶とかもあるから、移動中ゆっくり休んでね」
「はぁい……」
うーん? なんだかしょんぼりしてるなぁ。
咲希ちゃんはそんなに俺と一緒が良かったのかな……?
いやでも普通、馬車の中くらいゆっくりしたいよね。社交辞令的なやつかな。
俺は咲希ちゃんの気遣いをありがたく思うことにして、向こうに待つ馬車へと向かった。
その馬車は、聖女様が乗っていると言われても頷けるほどに立派な作りをしていた。
扉の下には金属板の簡易階段もついているし、窓はガラスだし、内側にはカーテンがかかっている。
そして何より目を引くのは、この立派な鷲の紋章だ。
この馬車を出したのは、ディアリンド=フィズ=ルクレイン。
俺は知らなかったのだが、ディアリンドはこの国で三大貴族と呼ばれる
ルクレイン家の四男なのだそうだ。
ディアリンドは顔も頭も腕も良い上に、家柄まで良かったとは……。
本当にパーフェクトな男だな。
そんなディアリンドは、なぜか馬車の前に立っていた。
いや、先に乗っててくれてよかったんだけど……。
どうして待っていたんだろう。
スッと差し出されたディアリンドの手を見て、俺は困惑する。
え。いや、このお手をどうぞみたいなやつ。
これ、俺が取っていい手なの……?
キョロキョロと左右を見る。
あ。もしかしてエミーかなと思ってエミーを見るも、エミーはぶんぶんと力一杯首を振った。
「そんなに振ったら脳震盪になるよ……」
俺の言葉に小さくふきだしたのは、意外にもディアリンドだった。
「ケイ様、お手をどうぞ」
言われて俺は目を丸くした。
この姿になってから、ディアリンドに名前を呼ばれたのは初めてだ。
「ぁ、ありがとう、ございます……」
ディアリンドの手に手を重ねる。
う、俺の手の方がディアリンドの手よりちょっとでかい……。
それでもあの時より少し、ディアリンドの手も大きくなっている気がする。
ディアリンドの手から体温が伝わる。
……うわ、どうしよう。なんか急に恥ずかしくなってきた。
俺が顔を赤くしながら馬車の入り口に頭をぶつけないように小さく屈んで乗り込むと、次いでエミーも乗ってくる。
ディアリンドはエミーの手もしっかり支えていた。
そうだよね。俺だけじゃないよね。
最後にディアリンドが乗り込むと、御者の手によって扉が閉められる。
……って、え……?
この馬車って、ディアリンドも一緒に乗るの……??
てっきり彼は馬で行くんだと思ったのに……。
ルクレイン家の紋章が入った馬車の車内は十分に広かったけど、俺とディアリンドはどちらも体格が良いので、斜向かいに座っていても気を抜くと膝が当たってしまいそうだ。
ちゃんと端に寄っておこう……。
エミーがテキパキとクッションやら膝掛けやらを出してくれる。
確かにこの世界の馬車は車と違って揺れがすごい。
荷車とそう変わらない振動がくるので、クッションは大事だ。
馬車自体の座面もそこそこふかふかではあったけど、前の巡礼で早々に腰を痛めた経験がある自分としては念には念を入れたいところだった。
「動きますよ」という御者さんの声がかかり、ガタン、と馬車が動き出す。
昼過ぎに出発した一行が目的地に着くまでには4時間以上かかるはずだ。
俺はちらりとディアリンドの様子をうかがう。
ディアリンドは腕を組んで、軽く俯いた姿勢のまま微動だにしない。
彼はどうしてこの馬車に乗ったんだろう。
いや自分の馬車なんだから乗るのはいいんだけど、でも、なんとなく、彼が馬車に乗るのなら、こちらではなく咲希ちゃんのいる向こうの馬車だと思っていた。
俺の時は、エミーとディアリンドがいつも一緒に乗ってくれていたから。
ああそうか。あの頃ディアリンドは護衛騎士の中では最年少だったから。
向こうの馬車には現在の最年少騎士のキールが乗ってるのかな。
ガタゴトと馬車は進んでゆく。
それから10分ほど経っても、ディアリンドはそのままの姿を崩さなかった。
寝てる……わけじゃないよね。
一応護衛の仕事中だもんね……。
なんだろう、俺が話しかけた方がいいのかな……。
チラとエミーを見てみるも、ディアリンドの正面に座るエミーは小さく肩をすくめただけだ。
最近はディアリンドの態度から多少棘が抜けてきた気はするものの、かといって好かれているような気配は微塵もない。
そんな相手に話しかけられても、迷惑なだけだろう。
それなら俺は俺で、時間を無駄にしないように作業をしようかな。
「エミー、水晶球を出してくれる?」
「まだなさるおつもりなんですか」
「だってまだ今日はあと3時間は残ってるでしょ」
「仕方ありませんね……。ですが、巡礼中は常に半分以上は聖力を残しておいてくださいね」
「はい、わかりました」
俺は素直に頷いて、エミーが出してくれた水晶球を受け取る。
両手でそうっと水晶球を包むと、ゆっくり丁寧に聖力を注ぎ始める。
聖球作りは単純ではあるんだけど、時間のかかる作業だ。
1つ作るのに、休まず作って1時間ほどはかかる。
じわじわじわじわ、割れないように少しずつ力を注ぎ続ける。
俺は段々息が苦しくなってきて、はぁ、と息を吐き出してから目を開いた。
水晶球には半分ほど聖力が入っているから、30分くらい経ったところかな。
ふと視線を感じてそちらを見ると、ディアリンドが慌てて視線を逸らした。
うう、そんなあからさまに逸らさなくてもいいのに……。
分かっていても、やっぱり傷つくもんは傷つくんだよな……。
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