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謝罪
「ケイ様……」
エミーの気遣うような声に、ディアリンドは慌てて彼を見た。
彼に何かあったのだろうか。
途端、エミーに食ってかかられた。
「ディアリンド様、失礼ではありませんか!?」
なんの事だ……?
「ちょっ、エミー、いいからそんな事……」
「よくありません! ご覧になっていたのはそちらだというのに、ケイ様が顔を上げた途端にそんな露骨に目を逸らすくらいでしたら、最初から見ないでくださいませんか!?」
「いいってば、エミー」
それはつまり、どういうことだろうか。
彼は、私が目を逸らしてしまったことに……傷ついた、ということだろうか。
さあっと血の気が引く思いがした。
胸にあの日の彼の顔が蘇る。
「っ、申し訳ありません!」
私は彼に深く頭を下げた。
「えええっ、だ、大丈夫ですから頭を上げてください、ディアリンドさん」
……ディアリンド“さん”……?
ロイスはあんなに気安く呼び捨ているのに、どうして私には敬語なのだろうか。
魔力を分けた時には、私の名を縋るように呼んでくださったのに……。
そう思ってしまってから、そう思ってしまったこと自体をマズいと思った。
とにかく今は彼に謝罪しなくては。
私はそのために初日から馬車に乗り込んだのだから。
「ケ…………貴方様を傷つけてしまった事を、ずっと……謝罪したいと思っていました」
先ほど、彼の手を取る際に口にした時、分かった。
彼の名を口にしてしまうのは、非常に良くない。
なぜか、その名を口にするだけで、彼のことが酷く大切に思えてしまう。
彼の名はもう二度と口にしない方が良いような気すらする。
「ずっと……?」
聞き返されて、私はあの日に彼を突き飛ばしてしまった事を謝罪した。
「それをずっと、謝ろうと思ってくださっていたんですか」
だから、どうして敬語なんだ。と思いながら私は頷く。
「はい」
「気にしなくていいんですよ。ディアリンドさんは聖女さんを守ろうとしただけですから」
彼はこれまでも、一度だって私を責めようとはしなかった。
それが私には不思議でならなかった。
「でも……俺、嫌われてるのかと思ってたので、そう言ってもらえて嬉しいです」
そう言って、彼は花綻ぶように微笑んだ。
初めて微笑みを向けてもらえたことに、私の心が震える。
彼は私に嫌われていると思っていながら、それでも私のことを庇っていたというのか。
私の態度に傷つきながらも、私の心を慮って、私には非がないと言ってくださっていたと……?
胸に湧く想いは、喜びや感謝や尊敬が入り混じって、何とも言い表せなくなった。
「わ……私のことも、ロイス達のように呼び捨ててください」
思わず口にしていたのは、そんな幼稚な願いだった。
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」
嬉しそうに彼は微笑み、私の名を呼んだ。
「ディアリンド」
繰り返し呼ばれ慣れたはずの名が、素晴らしく煌めいて聞こえる。
「はい」と彼に誘われるままに答えた私は、一体どんな顔をしていたのだろうか。
胸が幸せな気持ちでいっぱいになってしまって、これではいけないと、慌てて頭を振った。
「先程貴方様を見ていたのは、その、水晶球に力を注ぐお姿から、目が離せなくて……」
あんなに繊細な作業をあれだけ続けても、あの球にはまだ半分ほどしか聖力が入っていなかった。
ということは、巡礼に持ち込まれた4箱もの木箱にぎっしり入った聖球を作るのに、この方はこれまでどれほどの汗を流したのだろう。
「貴方様のお心に、我々騎士一同は大変感謝しております」
「確かに時間はかかるけど、大したことないよ。俺ができることなんてこのくらいだからね。実際に魔物と戦うディアリンド達の方がずっと大変でしょ?」
「いえ、そのような……」
彼の声の響きがあまりに優しくて、なんだか涙が滲みそうになってしまう。
もうすっかり私までもが彼の術中にハマってしまっている。
いや、そうじゃない。
私が……間違っていたんだ……。
彼は最初から、ずっと変わらず我々の味方だった。
それを司祭様もエミーも最初から分かっていて、ロイスも途中から気づいたのに、愚かな私だけが1人、分かろうとしていなかったのだ。
私は自分の愚かさを呪いながらも、必死で言葉を繋ぐ。
「失礼にも目を逸らしてしまったのは、その、……っ、じっと見ていた事を、知られてしまうのが、恥ずかしかったからで……。悪意からではなく……」
我々に心を砕いてくださるこの方に、これ以上余計な心労を与えたくはなかった。
「そうだったんだね。教えてくれてありがとう」
「……っ」
私のこんな拙い言い訳に、この方は礼を述べてくださるのか……。
「あ……あの、明日からは私も馬で移動しますので、この馬車はお2人でお使いください」
言ってしまってから、私は慌てて言葉を足す。
「決して、お2人と一緒にいるのが嫌なわけではありませんっ」
彼は一瞬キョトンとした顔をしてから「ありがとう」と、柔らかく笑った。
この方の、この笑顔を守らなければ……。
使命感が胸に湧く。
今年の巡礼は厳しいものになる。
それを分かった上で、分かっているからこそ、この方はついてきてくださったのだ。
そして、こうしてわずかな時間さえ惜しんで聖球を作り続けてくださっている……。
聖女様はもちろんのこと、この方の身も心も、我々がしっかりお守りしなくては……。
私は、ロイスやエミーが彼に心酔してしまうのも当然だと思ってしまってから、胸の内で小さく苦笑した。
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