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沈む夕陽と重大なミス
どうやら、ディアリンドは俺に謝罪がしたいがために俺達の馬車に乗り込んだらしい。
自分の馬はしっかり引いてきたらしく、明日からは馬で移動するとのことだった。
本当に、そういうところは変わってないなぁ。
真面目なところも、融通が効かないところも、ディアリンドのいいところだよ。
そう言ってあげたかったけど、まだ彼の中で俺はよく知らない元聖女なんだろうから、いきなりこんなこと言ってもビックリされるだけだよね。
ああでも……。
ディアリンドに嫌われてなくて、本当によかった……。
俺の胸は幸せな気持ちでいっぱいで、ぽかぽかしていた。
嬉しい気持ちは聖力の回復を早めてくれる。
これなら今日はもうあと5個くらい作れそうなんだけどな。
作業時間的に難しいか……。
馬車に乗り始めて3つ目の聖球を完成させた頃、窓から見える景色がふっと開けた。
広い湖に夕日がキラキラと反射している。
ああ、この湖に沈む夕陽には見覚えがある。
「懐かしいな……」
あの時、俺が湖が綺麗だと言ったら、まだ15歳だったディアリンドは『いいえ、ケイト様の方がお綺麗です』と断言した。
そういう事じゃないよ、と思いはしたけれど、そのまっすぐな気持ちと眼差しがどうしようもなくくすぐったくて、嬉しかったんだ。
「貴方様も、昔この景色をご覧になったのですか?」
ディアリンドに尋ねられて、俺は「うん、そうだよ」とだけ答えた。
昔というほどじゃない。
俺の中ではほんの去年、彼の中でも一昨年の……。
あの時と同じように、馬車には俺とエミーとディアリンドが乗っているのに……。
俺だけが、違う姿をしているから……。
罪悪感がまた胸を重くする。
そうだよな。
彼が誠心誠意謝ってくれたように、俺も彼にちゃんと謝らないと……。
そう頭では思うのに、俺はせっかく話ができるようになってきたディアリンドとの関係をまた壊してしまうのが怖くて、せっかくのチャンスをそのままふいにした。
だってほら、伝えてショックを受けたところに魔物と戦闘になったりしたら、危ないし……。
……なんて事は、所詮言い訳なんだと分かっていながら。
***
町に着くと、一行は以前と同様に町長や町人代表達からの歓待を受けた。
しかし、その宴に俺の席はない。
俺はエミーと共に一足早く宿に入っていた。
実は、過去に巡礼に元聖女が付き添った事は何度かあるらしい。
だが、無事に巡礼から戻った元聖女の数は少ない。
聖女ですら、戻れないこともあるほどだからな。
それは仕方ない。
そう思っていた俺に、司祭様はそっと教えてくださった。
戻らなかった元聖女の半分は道中で攫われたのだと。
過去にはあれだけ周囲を守られている聖女でさえ攫われた事があるらしい。
なるほどな。と俺は思った。
確かに元だろうと現役だろうと、聖女というのはとても貴重な聖力発生装置なのだろう。
俺は、教会から離れるほどに厳しい戦いとなっていった前回の巡礼を思い出す。
そういった地域で聖女の力を渇望してしまうのは、至極当然な気すらする。
そんなわけで数百年前からは元聖女が帰還しても一般には発表されなくなったし、巡礼に同行する場合も、その存在を伏せておくようになった。
今回の俺は馬車の存在もあって、ルクレイン家の関係者として巡礼に同行していることになっている。
エミーもいつもの教会服とは違い、紺のワンピースに青でワンポイントの入った白いエプロンという、ルクレイン家専用のメイド服を着用していた。
黒いワンピースに白い肩布に金の刺繍の教会服も良いけれど、ルクレインの制服は、赤毛に青が映えてよく似合っていると思った。
俺の方も、いつもよりはずっと貴族らしい服を着せられている。
ディアリンドに言わせれば「実に質素な物」らしいけど。
部屋でゆっくりしていると、しばらくしてエミーが食事を持ってきてくれた。
あれ? 何だか元気がなさそうだ。
「簡単な物で、申し訳ありません……」
「なんだ、そんな事か。気にしなくていいのに。どれも美味しそうだよ?」
咲希ちゃんやディアリンド達がご馳走を食べているのに……ということらしいが、俺は前回、町長さんとの会話に神経を使いつつ、周りからジロジロ見られながら食べた料理の味を覚えていない。
美味しかったような気はするが、初めての接待や外交仕事に気を遣いすぎて、それどころではなかった。
それよりも、こうやってエミーと2人でゆっくり宿で食事できることの方が嬉しい。
俺が正直に告げると、エミーも「それなら良かったです」と笑ってくれた。
エミーが持ってきてくれたのは肉と野菜がゴロゴロ入った煮込み料理で、それも食べ盛りの俺には嬉しかった。
部屋の外に立ってくれてるロイスも一緒に食べられたらよかったんだけど、流石に勤務中だから無理かな。
ロイスも今は私兵風の服装に着替えて、俺についてくれていた。
食事を終えて、エミーが食器を下げに部屋を出る。
今なら部屋には俺一人だ。
今日はまだまだ聖力に余裕があるし、今のうちにちょっとだけ……。
俺は自分の鞄から作りかけの聖球を取り出すと、そこに力を込め始める。
カタンッと小さな音がしたのは、すぐ隣の部屋からだった。
あれ? この部屋は両隣とも咲希ちゃんと護衛騎士の部屋としてとってあるから、まだ今は誰もいないはずだけど……。
気のせいかなと思ってもう一度集中しようとしたところで、駆け寄る足音が近づいたかと思うと、バンと扉が勢いよく開いた。
「ケイ様!」
「はっ、はいっ」
エミーの剣幕に、俺は慌てて聖球を後ろに隠す。
「今……聖力をお使いになりましたね……?」
えっ、あれっ、分かるの!?
エミーによると、ある程度魔力操作に慣れた人なら、近くで発動された魔力や聖力は感知できるものらしい。
……知らなかった……。
二台の馬車はどちらも魔力遮蔽仕様だとかで、あの中で使う分には良いらしいが、こんな風に街中で使ってはいけなかったらしい。
「ごめんなさい……」
「今日はもう作業時間が終わっておりましたので、私も油断しておりました」
「う……、約束破ってごめんなさい……」
「これからは十分お気を付けくださいね。何のための変装なのかケイ様もおわかりでしょう?」
エミーは怒った顔をしてはいるものの、そのオレンジの瞳は俺を心配そうに見つめている。
「はい、二度としません……」
しかしほんの些細なミスだと思ったこの出来事が、本当は致命的なミスだったと俺が思い知ったのは、もう少し後のことだった。
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