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招いた結果
ディアリンドは最後の地区を浄化し終えたサキ様に感謝の言葉を述べて、丁重に馬車に乗せる。
教会からほど近いこの町ですら、あちこちに瘴気が溜まり、今にも魔物が発生しそうになっていた。
この状態では、森の中では既に魔物が発生しているだろう。
現に町長は2週間ほど前から森への立ち入りを住民達に禁じていた。
ディアリンド達は急いでロイス達が先行している森に向かう。
人目につく町での浄化は全てサキ様が行ったが、それでも町は範囲が広く、2日かかってしまった。
3日目にはここを出ないと後々の予定に響くと、森にはロイス達が先行していた。
先に魔物の数を少しでも減らし、浄化ができるようになるまでの時間を削っておくために。
それにあの方も同行してしまった。
「騎士さんが魔物にやられたら、浄化しないと治癒できないからね」
彼は、何でもない事のように笑って言った。
「各自聖球を持っているので心配いりません」
とロイスが止めるのを「それは最終手段に取っておいてよ」なんてやんわり却下して。
あの方の身にもし何かあったら……。そう考えると、私は気が気ではなくなってしまう。
その上あの方は今朝方、続く浄化に疲弊したサキ様に、あろうことかご自身の聖力を分け与えてから出かけてしまったのだ。
どうしてそんなことをなさってしまうのか。
あなたの方が、ずっと沢山聖力を使っているではないか。
しかもサキ様のような神聖な器である聖女の身ではなく、元聖女様の本来の姿では、聖力は以前ほどに使えないものだと聞いているのに。
不便な体で、どうしてそう無理ばかりするのか。
現に、聖女様にはたっぷりある魔力が彼にはひとかけらも無かった。
あれでは、治癒魔法を含め、聖力以外が必要となる魔法は知っていたところで1つも使えないではないか。
焦りを嚙み潰しながら馬を走らせ、我々は町に隣接した森へと入った。
少し進むと木々が増え、馬を降りる。
カチャカチャと甲冑の音が近付いてきて、誰かが駆け寄ってきたのだと知る。
森は加護無しでも息苦しいほどではなく、どうやら既にあの方が魔物を倒した後で軽く浄化をかけてくれたのだと分かった。
これならサキ様もそう負担なくこの森を浄化しきれるだろう。
しかし、私の前に血相を変えて現れたロイスの言葉は信じ難いものだった。
「ケイ様とエミーが攫われた!」
腹の底から湧いた怒りに、ざわりと全身の毛が逆立つ。
あの方を攫うなど、どこの誰であろうと許される事ではない。
「状況は!?」
私はロイスから話を聞くなり隊を分ける。
すぐに見つけ出さなくては。
あの方が遠くに連れ去られる前に。
2人を攫ったという事は、エミーを人質に彼に言う事を聞かせようというのだろう。
優しい彼のことだ、そう脅されてしまえば、何でも言う事を聞いてしまうだろう……。
そう気づいてしまうと、私は余計に腹の底が煮えたぎった。
「必ず見つけ出せ!」
私の叫びに、騎士達の皆が強く応えた。
***
「ぅ……」
頭が痛い……。
気づいたら、俺は知らない場所にいた。
薄暗い部屋にはカビたような臭いが広がっている。
……ここは……どこだろうか……。
体を起こそうとして、それができない事を知る。
俺の両腕両足はどちらも後ろで固く縛られていた。
見れば少し離れた椅子にはエミーが縛りつけられている。
エミーは気を失っているようだ。
そこまでで、俺は思い出す。
確かあの時、軽く森を浄化をしておこうと思って、さーっと軽めにかけて目を開いた瞬間。
突然草むらから覆面の男が飛び出して、俺の顔に手をかざして……。
ああ、あの時男の手のひらに一瞬見えた術は精神魔法だったのか……。
対象を一定時間眠らせる魔法。
……そんなに難しい術式ではなかったな。
俺でも再現できるかも……?
まあ、構成が魔力がメインだったから難しいか。
それよりも、今はこの状況をなんとかしないと……。
「お? 目が覚めたか」
言われると同時に、ドカッと俺の体に何か重い物が乗せられる。
「ぐっ」
衝撃に一瞬閉じてしまった目を開けば、目の前には見知らぬ男の足。
どうやら、床に縛られ転がされた俺の上に男が座ってきたようだ。
お前を丁重に扱うつもりはないぞ。という主張だろうか。
一方で、エミーには着衣の乱れもない。
あちらは大方俺の言う事を聞かせるための人質なんだろう。
人質は大切に扱わなければ人質にならないからな。
どうやら相手はその道のプロのようだ。
俺が少々あがいたところで太刀打ちはできそうにない。
だとすれば、俺がまず最優先で行うべきことは、時間稼ぎだろう。
幸いここは移動中の馬車の中ではなさそうだし、現時刻はわからないけど体感ではそんなに長く経ってはいない気がする。
「何が目的だ?」
潰されたままで俺は尋ねる。
口を縛られていないという事は、相手にも俺と会話をする気はあるんだろう。
男は俺をじっと見てから、部屋の隅にいた男に視線を投げる。
「本当にこれが元聖女様なんだろうな?」
あー……。そうだね。ごめん。
こんな体格のいい男が元聖女だって言われても、ちょっと信じがたいよな。
せめてもうちょっとお淑やかにした方が、それらしかったか……。
「間違いない、そいつが浄化の力を使うのをこの目で見た」
ああ、あの男が俺に眠りの魔法をかけてきたやつか。
よく見れば、部屋には俺に座る男も含めて6人の男達がいた。
この姿勢では後ろ側は見えないから、もう少し多いかも知れないな。
「ふうん、この男が元聖女様ねぇ……」
男に頭からつま先までを舐めるように見られて、俺は息を呑む。
この男達は俺に何を求めているんだろう。
魔物や瘴気に困っているのなら、手を貸すのもやぶさかではないけど。
手段がちょっと、いただけないよな。
「まあいい。それじゃあ少しはそれらしくさせておけ。今夜には下のやつらもまとめて運ぶ」
男の言葉に、部屋の男たちがバラバラに返事をする。
「お頭ぁ、あっちは味見しちゃダメなんスか?」
「超有名貴族の制服を着てんのがわかんねぇのか? 面倒を起こすな」
ああ、よかった。
ディアリンドの……ルクレインの服が、エミーを守ってくれたのか。
「俺達を……どうするつもりだ」
俺がもう一度尋ねると、男は「高く買ってくれるとこに売りつけんだよ」と答えた。
まずいな。
販売目的では、協力するから放してくれという交渉が望めない。
そうか、まだここはそんなに魔物が頻出するほどの地域じゃないから。
もっと南の方か、東西の端の方に売りつける方が高く売れるんだ。
どうしたものかと考えるうちに、俺達は地下牢のようなところへ運び込まれた。
エミーは椅子に縛られたまま椅子ごと運ばれている。
まだ目覚める気配がないところを見ると、俺と違って長時間眠るように術をかけられたんだろう。
湿った空気の地下牢には、嫌な臭いが充満していた。
不衛生なところに沢山の人が詰め込まれているのが、壁際の石階段を降りる間に見えた。
全部で何人だ……?
……16人ほどはいるだろうか。
その半分以上がまだ子どものようだった。
俺達は牢の中では比較的綺麗な場所に置かれるようだ。
一人用程のサイズの牢にエミーの縛られた椅子が置かれ、俺の下にも心ばかりの布が敷かれた。
男達は地下牢の入り口に見張りを一人残すと、皆地上に戻った。
男たちが居なくなると、ひそひそと小さく囁くような声が聞こえ始めた。
俺達の事気になってるのかな?
俺は何とか腹筋と背筋を駆使して、奥の広い部屋に詰められている人々の方へ顔を向ける。
すると、鉄格子を両手で掴んで、俺の事を興味津々で覗き込む黄緑色の瞳と目が合った。
ぱち。と目が合うと、その瞳はぱちぱちと二度ほど瞬いて、それからにこりと笑った。
うん?
10歳ほどの、プラチナブロンドをさらりと揺らしたその子は一見女の子のようにも見えるほどに可愛い顔をした少年だった。
すっかり生気を失って膝を抱えたまま動かないような大人が多い中でも、子どもは比較的元気なんだろうか?
そう思ってもう一度牢の中を見渡してみるも、同じくらいの年頃の子でも座り込んでいる子は座り込んでいるな……。
よく見れば、その子は大勢が入れられた牢と俺達の牢の間の牢に入っていた。
なるほど、大部屋中部屋小部屋って感じでこの地下牢は三つに区切られてるんだな。
そこは他に3人入っているようだったが、4人は年齢性別問わず一人残らず顔が良く、着ているものも他の者たちよりは良い服だった。
向こう側が作業用だとしたら、こちら側は愛玩用といった区分なんだろうか……。
考えてしまってから、俺はげんなりした。
「おじさん、なんか特別な人?」
少年に鈴の鳴るような声で尋ねられて、一瞬遅れて理解する。
“おじさん”というのが自分を指しているという事を。
いや、ちょっと……早すぎない?
俺もう、お兄さんじゃないんだ……?
複雑な気持ちを飲み込みながら、俺は尋ね返す。
「どうしてそう思ったの?」
「ん、服もちゃんとしてるし、なんかわざわざ布敷かれてるし、縛られてるしさ?」
確かに、他の人達は足枷をはめられている分、縛られてはいないか……。
「それになんか、白くてキラキラしてる」
……うん?
それって俺の聖力のことか?
発現させてないそれを見ることができるって事は、この子は魔法の才があるのか。
エミーが眠らされている今、魔法は使えないものと思ったけれど、なんとかこの子から魔力を借りることができないかな……。
俺は見張りに気づかれないよう気をつけながら、少年と小声で会話を続けた。
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