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魔道具

町を夕闇が包み始める。 ディアリンドは焦っていた。 森は既に浄化を終えて、聖女様には宿に戻ってお休みいただいている。 我々は明日ここを発たねばならない。 今夜のうちに彼を見つける事が出来なければ、私は、彼の事を教会の聖騎士達に任せて、彼を置いて行かなければならなくなる。 そんなことは絶対にしたくないのに。 ディアリンド達はいまだに彼の影すら掴めずにいた。 不意に、パアンと高い位置で破裂音が鳴る。 音に振り返れば、空にはキラキラと白い光が舞い散っていた。 美しいあれは……聖力の光……!! 「ケイ様はあそこだ!!」 もう一度口にしてしまったその名は、やはりどうしようもなく大切で、私は全力で馬を走らせた。 *** 「お、お前達……、どうやって牢を……」 「抜け出してきたかって? どうしてだろうね」 俺は左手で手を繋いでいる少年に「お願い」と囁いて、長時間縛られていたせいでまだ若干の痺れが残る右手を男にかざした。 男はすぐに目を閉じてその場に崩れた。 それを抱きとめて、音をたてないようにそっと下ろす。 睡眠魔法は牢で散々エミーで練習したので、コントロールはバッチリだ。 俺は先を進むエミーの後ろから、少年の手を引いて階段をそっと上がった。 牢の皆さんには「もう少しここで待っていてください、騎士達を呼んできます」と伝えてきた。 期待を浮かべた顔よりも、諦め切ったような目を向けられた方が多かったな。なんて思ううちに、男達のいる階まで上がってきた。 扉の向こうの部屋にはやはり男達がたむろしていた。 あー……まだいっぱいいるなぁ。 それに、多分あの魔法を使った人なら、俺が地下から上がって来た時点で……。 俺は迫り来る気配に両手を付き出した。 俺達の魔力が見えているらしいあの男が飛び掛かってくるのを、俺は障壁で弾いた。 この障壁なら聖力だけで張れる。けど消費が結構……激しいんだよな……。 ドーム型の障壁を維持したまま俺は移動する。 「俺から離れないで。同じペースで動いて」 そのままじりじりと男たちのいる部屋へ侵入する。 あった! 暖炉だ! じりじりと壁際に移動して、暖炉が障壁の範囲内に入るとすぐ、エミーが暖炉に顔を突っ込んで煙突を見上げた。 「いけます!」 エミーに手招きされて少年がエミーに駆け寄る。 どうか上手くいきますように……。 暖炉前にしゃがんで作業する二人を背に庇うようにして、俺は障壁を維持し続ける。 男たちが何やら叫んで障壁に斬りかかる。 その度、聖力が大きく削れる。 彼らは魔力を込めた攻撃ができるのか!? くっ。マズイ、聖力の残りが……。 俺は額に汗を浮かべながらも、心を落ち着けて目を閉じる。 思い出すんだ……。 旅立ちの日に、俺の名を呼んで手を差し伸べてくれたディアリンドの姿を。 馬車の中で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、それでも俺の事が嫌いではないと懸命に伝えてくれた彼の言葉を。 俺に名を呼ばれて、嬉しそうに緩んだあの深く青い瞳を。 そうすれば、俺の聖力は減りを上回るほどの速度で回復した。 ありがとう……。 ディアリンドはいつだって、俺を守ってくれるね。 背後でシュッと何かが飛び出した音がした。 一瞬遅れて、空でパアンと大きな音がする。 「できました!」とエミーが告げる。 よかった、成功だ。 男たちがどよめく。 何が起きたのかとあたりを見回しているけれど、事態を把握できた者はいないようだ。 一足先に外に飛び出したのはあの魔法を使う男だった。 「マズイ! 居場所がバレた!!」 「ふたりとも、こっちに!」 俺は2人を呼んでじりじりと移動する。 地下への階段の入り口を塞ぐように。 「てめぇらッ!!」 俺の意図に気づいたらしい男達が、飛び掛かる。 その向こうでは数人の男が一足先に逃げ出していた。 「あなた方も早く逃げないと捕まりますよ」 素知らぬ顔で言ってはみたけど、正直こっちも限界ギリギリだ。 ディアリンド達が来るまでこの障壁が維持できなければ、俺達は全員捕まってしまうだろう。 ともすれば、あの一瞬の光に誰も気づかなかったという可能性だってある。 騎士団の内何人がこの時間に町を捜索していたのかも分からないから。 それでも俺は何となく、ディアリンドならあれに気づいてくれると思ったし、必ずここに来てくれると疑いもなく信じていた。 心の中に美しい青髪の青年の姿を想いながら、彼が助けに来てくれるのを、俺は楽しみに待つ。 まだかなまだかな。と期待を込めて待つ時間は、決して苦ではなかった。 気迫あふれる男の攻撃に、俺の後ろで少年がびくりと肩を震わせる。 それをなだめていたエミーが「ケイ様!」と鋭い声をあげた。 ハッとエミーの視線を辿れば、あれは……、魔道具か! 一度きりの使い捨てではあるが、単純に魔力を注ぐだけで誰でも大魔法を放つことができる代物だ。 くそ、何てものを持ってるんだ……。 黒光りする鉄の瓶に、グングンと巨大な魔力が渦を巻いて集まってゆく。 瓶の口へ、一つ二つと多重術式が展開され始める。 さすがにあれをぶち込まれてしまったら、この障壁では耐えられない。 「ふたりは地下に戻って!」 「ケイ様は!?」 「俺は大丈夫だから!!」

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