19 / 33

セリクっていうのはどうかな

「昨日はごめんね、俺、君に何もできないまま倒れちゃって……」 俺が頭を下げると、少年はぶんぶんと慌てて首を振った。 「エミーがいてくれたから大丈夫だとは思うんだけど、不自由はなかった?」 今度はコクコクと頭を振る。 あれ? 昨日は結構お喋りな少年だった気がするんだけど、どうしたのかな。 首を傾げた俺に、エミーが答える。 「どうやらケイ様のお立場を知って萎縮しているようです。体調等に問題はありません」 俺はエミーに礼を言って、もう一度少年を見た。 この少年には風魔法の才能があった。 けれど一度も魔法を習ったことがなく、彼は自分が魔法を使える事すら知らなかった。 それなのに、あの短時間で俺やエミーの授業を真剣に聞いて、彼は俺の作った聖球をもどきを見事に空へと打ちあげた。 ちなみに荷物を全部取り上げられていた俺が水晶球の代わりに力を注ぎ込んだ球体は、彼の足につけられていた鉄球だったりする。 鉄球に力を注いだのははじめてだったけど、力の伝わりは悪くとも中々破損しそうになかったので、鉄という選択肢もなしではないなと思ったりした。 「改めてお礼を言わせてほしい。君の――……」 そこまで言って、俺は口を閉じた。 お礼を伝えるのに“君”じゃなんだか失礼な気がする。 けれど、昨日彼に名を尋ねた際、彼に「名前はないよ。皆適当に呼んでた」と言われてしまったのだ。 「えーと、まずは君に名前を付ける必要があるね」 少年は不思議そうに俺を見上げて瞬いた。 ……そうか、君は名前に必要性を感じない生き方をしていたんだね。 「どうしようかな……。自分の名前、自分でつけられそう?」 尋ねると、少年は少しだけ困った顔をして、それからふるふると首を振った。 「じゃあ、俺が付けてもいい?」 プラチナブロンドを揺らしてコクリと頷いた少年の黄緑色の瞳が、キラキラと期待に輝く。 えーっと……、そんなに期待されちゃうとプレッシャーだなぁ……。 なんだろう、この子にぴったりの名前……。 俺は彼をじっと見てから、その澄んだ青緑色の魔力によく似た音を選んで繋げてみた。 「……セリクっていうのはどうかな」 少年は嬉しそうに微笑んで「はい」と答えた。 「じゃあ改めて。セリク、昨日は助けてくれて本当にありがとう」 「違……ぇと、違います。僕、の方が……助けてもらったんです。ありがとう、ございます……」 慣れない敬語を使おうと頑張ってくれている様が可愛らしい。 「セリクは魔力が人より多いみたいなんだ」 俺の言葉にセリクが頷く。そうなんだ? という感じではあるけれど。 「こんなこと急に頼むのは申し訳ないんだけど、セリクには俺を助けてもらえたら嬉しい」 「僕が……ケイ様の助けに……?」 セリクの黄緑色の瞳がじっと俺を見上げる。 「うん、実は俺は魔力が全然ないんだ。だから魔法を使う時に誰かに魔力をもらう必要がある」 「それを、僕が……?」 「巡礼の間……今から8か月弱だね、その間、なるべく俺の側にいてほしいんだ」 「ケイ様のそばに……」 色の白いセリクの頬がふわりと染まる。 よかった。嫌ではなさそうだ。 「その後はちゃんと、セリクが心地よく過ごせる場所を教会の近くに用意するからね」 言ってからエミーを見る。 『と、言ってはみたけど、できるかな?』と視線で尋ねれば、エミーは頷いてくれた。 俺はホッとしながら、セリクに微笑みかけた。 *** 巡礼が始まって三か月が過ぎようという頃、俺達はようやく越冬のための休息地である南端の城塞都市、キリアダンに到着した。 馬車を降りた俺に、先に着いていた咲希ちゃんが駆け寄ってくる。 「ケイさんっ」 「咲希ちゃん、本当にお疲れ様。これでようやく休めるね。ゆっくりしてね」 咲希ちゃんは俺をじっと見上げると、いつもよりも力の入った顔で言った。 「あ、明後日、一緒に冬祭りに行きませんかっ」 「冬祭り……? ああそうか、この先三日くらいお祭りがあるんだったね」 初日の明日は、咲希ちゃんが聖女の式典服を着て、皆の前に姿を見せることになっている。 つまり、今日の到着は旅程としてはギリギリセーフだった。 俺の時は式典の5日前には着いてたからな。 まあ、俺は俺で当時は馬車の揺れに腰を痛めて呻いていたわけだけれど……。 俺の時は長旅の疲れに腰痛もあり、お披露目だけでもうへとへとになってしまって、お祭りは見に行くこともないままだったなぁ……。 「でも着いたばかりだし、明日も式典で疲れちゃうでしょ。大丈夫?」 「大丈夫ですっ!」 うーん。強いなぁ……。若いからかな? いや俺と3つしか差はないんだけど……。 「そっか、じゃあご一緒させてもらおうかな」 俺が言うと、咲希ちゃんは破顔した。 そんなにお祭りを見に行きたかったのか。 確かにここ三か月は羽を伸ばしてる暇もなかったもんな。 明後日は咲希ちゃんにいっぱい楽しんでもらえるように、俺もちょっと冬祭りの情報を集めておこうかな。 「咲希ちゃんは本当に聖力の扱いが上手になったよね」 「はいっ、頑張りましたから!」 「うんうん、えらいね」 俺はいつものように頭を撫でる。 咲希ちゃんも、いつものように俺が撫でた頭を両手で押さえて、にこーっと嬉しそうに笑った。 「じゃあ明後日、待ち合わせの時間と場所はまた連絡しますねっ」 そう言って、咲希ちゃんはタタタと元気に駆けて行く。 と思ったら、クルっと振り返った。 「明日の式典も、とびきり可愛くするので、見てくださいねーーっっ」 あはは、可愛いなぁ。 俺は返事の代わりに大きく手を振って応えた。 ……俺がうっかり大声を出すと、皆振り返るからね……。 ぎゅっと腰の左後ろあたりにしがみついてくる感触を感じて、俺は視線を下ろす。 そこではセリクが俺の腰に顔を埋めていた。 「どうしたの?」 尋ねると、セリクが小さく肩を揺らす。 なんだろう、うーん……やきもち、とか? セリクも頭を撫でてほしかったのかな。 俺はセリクのふわふわのプラチナブロンドを優しく撫でる。 セリクはおずおずと顔を上げると、俺を黄緑色の瞳でじっと見上げた。 その瞳にいっぱいの不安が映っていて、俺はもう一度尋ねた。 「どうしたの? セリク」 セリクはためらいながらも口を開く。 「あの…………、ケイ様は……サキ様がお好きなんですか……?」 「うん? 好きだよ?」 セリクの瞳が大きく揺れる。 「セリクの事も、同じくらい好きだよ?」 「ぇ……」 「エミーの事も、ロイスの事も、俺にとっては皆大切だよ」 「…………」 セリクは、理解できないというような顔をしていた。 おそらく、人に平等に大切にされたことがないんだろうなぁ。 人が誰かを好きになることは分かっているけれど、それは必ず一人だけであるはず。と思っているのかな。 そうやって優劣をつけられる中で、セリクはずっと生きてきたんだろうか……。 俺はセリクと同じ目線になるように屈んだ。 「あのね、セリク。人は沢山の人を大切にして、沢山の人に大切にされてもいいんだよ。俺が皆を大事に思うように、皆も俺の事を大事に思ってくれてる。俺はそれがとっても嬉しいんだよ」 「……」 セリクの揺れる瞳と小さく開かれた唇は、俺の言葉にどう答えればいいのか分からず戸惑っているように見えた。 俺はセリクの小さな肩をそっと抱き締める。 「俺にとってはセリクも大切な人の1人なんだよ」 10歳ほどに見えたセリクだけど、実際は13歳だと分かったのはディアリンドが鑑定魔法でセリクを調べた時だった。 どうやら、細い体躯を維持するためにか、ここまで食事量をずっと制限されていたようだ。 「ケイ様……」 縋るような小さな声が俺を呼ぶ。 俺はセリクの細い背中を大切に包んで、優しく言い聞かせるように話す。 「俺はセリクにも大切な人を沢山作ってほしいと思うし、沢山の人がセリクの事を大切に思ってくれたら、俺はそれが一番うれしいよ」 今はまだ理解できなくても仕方ない。 それでも、そういう考え方もあるんだなって思ってもらえたらいいな……。

ともだちにシェアしよう!