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冬祭りに行こう

 冬祭りの2日目は、朝からいいお天気だった。  キンと冷えた空気に、吐く息が白い。  城塞都市キリアダンの大教会は南端に建っている。  この教会内にある居住区で俺達は約2か月の間、後半の巡礼へむけて装備を整え馬の体調を整え、英気を養う。  咲希ちゃんとの待ち合わせ場所は教会の職員通用門の内側だった。  5分前には着いたはずだけど、そこには既に咲希ちゃんが待っていた。  正確には、咲希ちゃんと咲希ちゃんの従者とディアリンドを含む5名の騎士が並び立っている。  一応全員甲冑ではなく私服姿なので、ギチギチに周囲を囲まれるという事はなさそうだけど、やっぱりお忍びとはいえ、そんな少人数では動けないよな。  こちらも俺とエミーとセリクに、わざわざ休日出勤を申し出てくれたロイスと2人の騎士がいるので、総勢13人か。  これはなかなかに大人数だな。 「ごめん、待たせちゃったね」 「いいえっ、私が浮かれて早く来すぎちゃっただけですからっ」 「あはは、お祭りそんなに楽しみだった?」 「お祭りもですけど、ケイさんと一緒に出かけるのが楽しみだったんですっ」 「そうなの? 嬉しいなぁ。ありがとうね」  俺の言葉に咲希ちゃんはちょっとだけ困った顔で笑った。  あれ? なんか俺変なこと言ったっけ? 「昨日の式典見てたよ、冬仕様の衣装もすごく綺麗でよく似合ってたね」 「えへへ、ありがとうございます」  咲希ちゃんの今日の服は清楚なパステルピンクのロングワンピースに、頭から足元まですっぽり隠せる寒冷地仕様の地味色のローブ。  うんまあ、聖女の髪色は大体派手な色だから、頭を隠すのは基本なんだよね……。  あ、でも髪は結構凝ってるな。  細い三つ編みを何本も束ねて小さめのお団子が作ってある。  門を出る前には隠してしまわないといけないのに、お祭りに気合を入れて来たんだなぁ。  女の子って可愛いな。  俺もこんな可愛い女の子だったら、ディアリンドを悲しませないで済んだのにな……。  俺は苦い気持ちをそっと呑み込んで微笑む。 「今日の髪型、とっても可愛いね」 「ほんとですか?」  ぱあっと咲希ちゃんの表情が輝く。 「うん、咲希ちゃんの良さをすごく引き出してる感じ」 「あー、もーっ、嬉しい事言ってくれちゃうーーっ! ケイさんはこういう頑張ったとこに気づいてくれるのが最高です!!」 「あはは、ありがとう」  俺に妹が居たらこんな感じなんだろうか。  こんなに懐いてくれると、つい可愛がりたくなってしまうよな。  俺は、ここまでずっと頑張ってきた咲希ちゃんが喜んでくれるよう、エスコートに努めた。  事前に調べておいた人気のお店を押さえつつ、景観の良いスポットも巡って、咲希ちゃんは美味しいスイーツや可愛い雑貨に終始キラキラした笑顔を見せてくれていた。  よかった、喜んでもらえたみたいだ。  朝の待ち合わせ場所に戻ってくる頃には、すっかり陽も傾きかけていた。  別れの挨拶をしようと思ったら、咲希ちゃんにぐいと距離を詰められる。 「あ……あの、LINE交換してもらえませんか?」  LINE……なんか久々に聞いたなその単語。 「いいけど、この世界ってスマホ使えるのかな? 俺、持ってきたっきりすっかり忘れてたよ」 「電波のいらない機能は使えるみたいです」  確かに咲希ちゃんはいつもスマホを持ち歩いていて、メモに使ったり写真を撮ったりしていたよね。  ……あれ? それって今まで充電とかどうしてたんだろう。  俺はリュックの中からスマホを取り出して電源ボタンを長押しする。  電源を落としっぱなしのまま半年が経ったそれは、意外にもちゃんと起動した。 「電池も本当にゆっくりしか減らないので、まだ持ってますよ」 「あ、本当だ俺のも生きてる。そっか。向こうだと12時間だもんね」 「はい、ケイさんの話を聞いて、この時計の進み方を見て、私もやっとホッとする事ができました」  言われて確認してみれば、スマホには3月30日(金)13:07と書かれていた。  そっか、これで向こうの現在時刻が分かるのか。  俺ももっと早く確認しておけばよかったな。  昼過ぎか。  蒼はちゃんと昼飯食ったかな。  せっかくの春休みなのに俺が二日続けて留守にしてるせいで、蒼は1人きりの昼食になってるんじゃないだろうか……。 「ケイさん?」 「ああごめん、お昼過ぎだなって思ってただけだよ。咲希ちゃんのお家の人は心配してない?」 「んー……、もしかしたらしてるかもしれませんが、19時に帰れるなら塾の自習室に行ってたとか図書館に行ってたって言い訳もできそうです」 「そっか、それなら良かった。あ、言い訳に使えそうなら俺の事話してもいいからね。いやでもいきなり見知らぬ男が関わってきたら、余計心配しちゃうか……」  苦笑する俺に、咲希ちゃんは嬉しそうに笑う。 「ふふふ。私はケイさんの事、いつかは両親に紹介できたらいいなって思ってますよ」 「ええ? なんでまた……」 「これ私のIDです、メモしてくださいね」  差し出されて、俺達は互いのIDを互いのスマホと、念のため紙にもメモし合った。  うーん。聖女召喚されるのは皆10代らしいけど、その中で現実に戻って異世界の事を親に伝えた子は一体どのくらいいるんだろうな……。  俺は全然言うつもりなかったけど、咲希ちゃんみたいに親にも話そうって思う子もいるんだなぁ。 「向こうに戻ったらLINEしますね!」 「ありがとう、楽しみにしてるよ」  俺は何度も振り返りながら帰る咲希ちゃんを、微笑ましく見送った。  彼女の姿が見えなくなると途端に、セリクがぎゅうと俺の腰に顔を擦り寄せてくる。  今日一日、俺の隣で寂しいのをずっと我慢しててくれたのかな。 「セリクも今日は一日ありがとう。いっぱい歩いて疲れたよね、一緒にゆっくり休もうね」  俺は、手のひらですっぽり包んでしまえる小さなセリクの頭を優しく撫でた。  ***  時は若干遡って、この日の昼過ぎ……。  ***〈ディアリンド視点〉 「ディアリンド様はこのままでよいのですか?」  不意に背後から声をかけられて、私は肩を揺らした。 「エ、エミーさん……?」  一体いつの間に背後を取られていたのだろうか。  そう思ってから、自分が楽しそうに微笑む彼の横顔ばかりを見つめていたことに気づいて、私は慌てて頭を振り、気を引き締め直した。  こんな人の多い街中でうっかりまた彼を攫われてしまう事のないよう、いや違う、聖女様と元聖女様を危険にさらす事のないよう、今日は休日を返上して警護に参加したのだ。  彼の笑顔に見惚れている場合ではない。 「ディアリンド様は、本当にこのままでよいのですか?」  エミーはもう一度質問を繰り返した。 「どうしたんですか、急に……」  要領を得ない質問に、私は尋ね返す。 「サキ様はケイ様をお好きなようですよ?」 「ええ、はい。それは見ていれば分かりま……」 「よいのですか!?」  だからそれはどういうことだ。と私は首を傾げる。 「良い事ではないでしょうか……?」 「良くないです!」  きっぱりと言い切られて、私は理解できずに内心頭を抱えた。 「ディアリンド様は一度、ご自身のお顔を鏡で見てみるべきです」  私の顔……?  私の顔に、何かついているのだろうか……?  軒先の小さなガラスに自身の顔を映してみるも、やはりよくわからない。 「このまま傍観を続けていらっしゃれば、後で後悔なさると思いますよ?」  だからそれは、一体何の話だと言うのか。 「ケイ様もケイ様だとは思いますが、ディアリンド様も本当にディアリンド様ですね」  どうやら私は彼女に腹を立てられているらしい。ということだけは分かるのだが、それが何に対してなのかがまるで掴めない。  一体、何をどうしろと言われているのだろうか。  悩むうちに、彼女は「エミー」と優しい声に呼ばれて行ってしまった。  彼女が憤りを露わにするのは、決まって彼の事だ。  私が何かを改めなくては、彼が悲しんだり傷ついたりするという事なのだろうか?  しかし、一体何を改めればよいのだろう。  私が、彼女の言葉通りに自分の至らなさを激しく後悔するのは、これよりもずっと後の事だった。

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