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キリアダンと元聖女と瘴気の森

城塞都市キリアダンを守る六本の結界柱を浄化して、出立式に参加した咲希ちゃん達が着替えて戻ってきたら、いよいよ今度は俺達の教会へ向けて出発だ。 「キリアダンの結界柱はほとんどくすんでませんでしたよ」 咲希ちゃんの言葉に、俺の時もそうだったな……と思い出しながら同意する。 キリアダンは城塞都市という事で守りがかたいとか、街に普通2~3本の結界柱が6本もあるからとか、理由はいろいろあるけれど、それにしても首をかしげたくなるほどに、キリアダンの周辺はいつも綺麗なんだよな。 馬車に乗り込むと、エミーがそっと教えてくれた。 キリアダンには、実は300年以上前から密かに元聖女が暮らしているのだと。 そう言われて俺は驚くというよりも納得した。 キリアダンが安全な休息地としていつでも安全であったのは、そのためなのか。 しかし300年かぁ……。 薄々感じてはいたが、こちらに来て8か月が過ぎてディアリンドは18歳になり、ついに身長が俺と並んだ。 セリクもしっかり食べるようになってからはスクスクと背を伸ばしている。 はじめ俺の腰のあたりにすり寄せていた顔も、今では脇腹のあたりだ。 それに対して俺や咲希ちゃんはまったく身長が伸びていない。 つまり俺達は、電池のなかなか減らないスマホと同じで、彼らとは違う時間を生きているという事だ。 だから300年なんて単語がさらっと出る。 キリアダンにいるという元聖女さんは、まだこちらではほんの半年分も老いていないということだ。 どうしてこちらに残ったんだろうか。 ……大切な人がいたんだろうか。 それでも、そうしたところで、同じように老いて死ぬことはできなかったんだろうな……。 「ケイ様?」 エミーに言われて俺は顔を上げる。 いつの間にか俯いていたらしい。 「いや、機会があれば、話してみたかったなって思って……」 俺の言葉に、エミーは少しだけ目を伏せて「そうですね」と答えた。 *** キリアダンを出てしばらく、ディアリンド達は山道を進んでいた。 清らかだった周囲の空気は少しずつその色を変えてゆく。 「ディアリンド! 一回止まって!」 走る馬車の扉を開けて、彼はそう叫んだ。 私はすぐさま隊列を停止させる。 「咲希ちゃん聞こえる? 最初に自分に加護をかけて、それから馬車を降りて皆に加護をかけてあげて!」 彼の良く通る声は、馬車越しにも彼女に届いたようで、馬車から「はいっ」と元気な返事が返っていたが、その声量では彼には届かないだろう。 サキ様の馬車の隣にいた私は、向こうの馬車から身を乗り出す彼に肯定の視線を送る。 彼にニコッと微笑まれて、私の心臓が跳ねる。 ただの、了承の合図だというのに。 「俺は後ろ側からかけていくから、咲希ちゃんは前の人からお願いできる?」 「はいっ」 言われてみれば、確かにいつの間にか息苦しくなっていたのだろうか……? 重い鎧を身に着けていたせいか正直よく分からなかったのだが、サキ様に加護を受けた瞬間肺が大きく膨らんで、今までどれほど息が吸えなかったのかを知った。 「ありがとうございます」 「はい、お安い御用ですよ」 サキ様は笑って次の兵へと手を翳す。 サキ様よりもあの方の方が加護をかけるスピードが速く、しかも両手で左右の騎士にかけてゆくので騎士達の2/3以上はあの方のご加護を賜ったというのに、私は隊列の前の方だったためその恩恵をいただき損ねてしまった。 進むほどに瘴気が強くなる。 加護をいただいたうえでもまだ息苦しさを感じるほどの空気の中で、彼は馬車から降りると「先にこの辺りから浄化した方がいいね」と浄化を始めた。 しかし彼の指定する浄化範囲はかなり広い。 一緒に行おうとするサキ様に「咲希ちゃんは結界柱っていうボスに全力ぶつけられるように、温存しといて」と言って彼は笑う。 真冬の装備に身を包む我々の中で、彼だけが額に汗を浮かべ、息を荒げていた。 もっと私にできることはないのだろうか。 馬車へ戻ろうとする彼の足元がふらつく。 思わず伸ばしたくなる手を、私は必死にこらえた。 彼を守るのは、ロイスの役目だった。 思った通り、ロイスはしっかりと彼の肩を支えた。 「ロイス、ありがとう」 「足元がぬかるんでますから、ご注意くださいよ」 「うん、気を付けるね。助かったよ」 感謝を込めた彼のあの眼差しを、あの言葉を、ロイスは今まで一体何度いただいたのだろう。 ロイスはいつの間にやら彼の専属護衛のような立場になっていた。 騎士団長から許可をもらったロイスは、常に彼の側にいる事を許されている。 それを羨ましいなどという権利は、私には欠片もなかった。 ようやくたどり着いた森は、既に瘴気に包まれ、足を踏み入れる事すら叶わない状態だった。 あれほど疲弊していたはずなのに、彼は馬車から降りてきた。 ロイスやエミーはどうして止めないのか。 そう思って振り返るも、悔しさを浮かべる彼らの表情に、説得は失敗に終わったのだと知った。 「ケイ様……」 思わず口からこぼれてしまったその名に、彼は驚いたような顔をして私を見た。 そして、ふわりと微笑んで、優しく私を慰めた。 「ディアリンド……。大丈夫だよ」 ……大丈夫ではない。 それは、大丈夫ではない時の言葉だ! 焦った私が思わず手を伸ばすよりも早く、彼は浄化に取り掛かった。 既に底をつきかけていたはずの彼の聖力が、ぶわりと大きく膨れ上がる。 彼はどこか幸せそうにも見える表情で目を閉じている。 この地の平穏を願う彼の清らかな祈りは、森の瘴気を淡い色にまで弱めた。 「これで、あとは……、咲希ちゃ……」 何かを言いかけた彼の言葉が途切れて、崩れる身体をロイスが抱き留める。 「ケイ様!」「ケイ様っ」 静かな森の入り口に、エミーとセリクの声が悲痛に響いた。 *** 目が覚めたら、馬車の中だった。 「ケイ様!」という声が二つ響いて、遅れてもう一つ聞こえる。 馬車の中には俺とエミーとセリク。 外にロイスが付いててくれたようだ。 「ごめんね、足りそうな気もしたんだけど……ちょっと、足りなくて……」 俺はなんの役にも立たない言い訳をした。 「今どうなってる?」 「騎士様方が魔物と交戦中です。討伐が終わり次第、サキ様が浄化にかかる予定となっております」 俺の質問にエミーが過不足なく答える。 俺は目を閉じてさっきのディアリンドの顔を思い浮かべた。 いつもキリリとした表情のディアリンドが、あの時は俺の事が心配でたまらなかったのか、まるで捨てられた子犬のように、きゅーんと泣きついてきそうな顔で俺を見つめていた。 無理はしないでほしいと訴える彼に、俺は大丈夫だって微笑んで……………………。 ……結局倒れたんだよなぁ……。 はぁ、情けない……。 いや、あの時はわんこディアリンドがあまりに可愛すぎたから、聖力もモリモリ回復してきたし、いけそうな気がしたんだって。本当に。足りると思ったんだよ!! いやまあ……すみません……。 俺が計算ミスしました……。 ドンブリ勘定はやめよう。本当に。 一人脳内でひとしきり反省会を繰り広げてから、俺は再度聖力の回復に努める。 このところディアリンドが俺にも可愛い顔を見せてくれるようになったので、嬉しい気持ちになるのは難しい事ではなかった。 「……ケイ様……?」 不安げに尋ねるセリクに、俺の代わりにエミーが答える。 「ケイ様は今聖力を回復するため集中なさっているんです」 「そうなんですね。わかりました」 素直に答えて俺を待つセリクが可愛い。 いつも的確に助けてくれるエミーやロイスにも、本当に感謝している。 皆を守るために、なるべくたくさん回復しておかないと……。 聖女の頃程溜めておけない今の体が恨めしい。 俺はしばらくの間集中して、ようやく半分ほど聖力を回復させると、目を開いた。 「皆、待っててくれてありがとう」 「ケイ様っ」 涙を浮かべてしがみついてくるセリクの背中を撫でる。 「悪いんだけど、もう一回行ってもいいかな?」 エミーとロイスの瞳が、もう行かないでくれと言っているのは分かる。 セリクに至っては俺の胸に顔を埋めて嫌だと首を振っている。 「ダメだと言っても行かれるんでしょう」 ロイスがそう言って手を差し伸べる。エミーもそれに関しては同意らしい。 「うん……、ごめんね、ありがとう」 ロイスの手を取って、俺はもう一度馬車を降りる。 「ケイ様……」と涙声で縋るセリクに「セリクはここで待ってる?」と声をかける。 セリクはハッキリ首を振って、俺の後ろにぴたりとついた。

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