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3年後にまた来るよ

ディアリンドが帰ってから、俺はいつまでも嬉しい気持ちでクッキー缶を眺め眺め聖球を作っていると、セリクが尋ねた。 「……ケイ様は、あの男が特別にお好きなんですか?」 「ええっ!?」 えっ……と、えっと……。 セリクは怒ったような顔で、だけど泣きそうな目をして俺を見つめていた。 「どうしてご自分の物になさらないんですか?」 「物って……。セリク、人は物じゃないよ」 とはいえ、今までずっと物扱いされていた子にそれを理解するのは難しいんだろう。 今14歳のセリクは、13歳までずっと人として扱われてこなかった。 あの頃にはもう固定観念もできあがってしまっていただろうしな……。 「俺は……確かにディアリンドの事が特別好きだけど、だからって自分の思う通りにしたいわけじゃないんだよ。ただ、彼が幸せであるといいなって思ってるんだ」 「……」 セリクはよくわからないという顔で少しだけ眉をしかめた。 この子は今までどんな気持ちで生きてきたんだろうか……。 この小さな子を、なるべく大事にしてあげたい……。 俺はエミーを見上げる。 エミーは小さく頭を下げてくれた。 俺を見つめるセリクは、机に座ってノートを開いてペンを握っている。 彼は先週から教会内にある孤児院内の学校に通い始めていた。 セリクの頭なら、2~3年で基本教育課程は終わるのではないかと先生はおっしゃっていた。 卒業後は教会の魔法研究所で働くことも決まっている。 俺もエミーも一緒に行って、顔を合わせてきた。 セリクの魔力量なら魔力供給係としてだけでも雇いたいほどだと言われていた。 やっぱりセリクの魔力量は桁外れだったんだなぁ。 セリクも所長さんを気に入った様子だったし、これでしばらくセリクの心配はないはずだけど……。 エミーは、俺がまた戻るまで責任をもってセリクの面倒見てくれると言ってくれてるし、ロイスに至ってはセリクを養子に入れてやってもいいとまで言ってくれてる。 それでもやっぱり、しばらく会えない間、彼がどんな気持ちで過ごすのかが心配だった。 戻ると金曜の夜のはずだ。 土曜は母さんがいるし、ちょっとは蒼の相手もしてやりたいから、やっぱり次に来るのは1日の朝からだな……。 3年後、セリクは17歳になってるのか……。 「セリク、勉強頑張ってね。立派に成長した姿を見せてね」 「……っ、ケイ様より大きくなれるように頑張りますっ」 え、セリクって俺より大きくなる気なのか? 線の細い可愛い子って、そのままほっそり大きくなるんじゃないのか? いやでも中学高校の時期かー……。 変わる人は変わるよね……。 「期待しているよ。無理しないで、セリクの人生を大事に過ごしてね」 セリクはちょっと泣きそうな顔で「はい」と答えた。 *** 儀式の日がやって来た。 石造りの神殿は今年もピカピカに磨き上げられ沢山の花々で美しく飾られていた。 儀式を行う広場では、今日来るであろう新たな聖女を迎え入れるための準備が整っている。 一年間の役目を終えて元の世界に帰る咲希ちゃんを見送ってから、俺も帰ることにしていた。 「ケイさん! LINEしますからねーっ。絶対お返事くださいねーっ!」 咲希ちゃんは元気に手を振って帰って行った。 沢山のお土産を抱えて。 あはは……。なんだか俺の時とはずいぶん違うな……。 むしろ、俺もこのくらいのノリで気軽に帰ればよかったんだよなぁ……。 俺は改めて、俺を見送ってくれる皆に感謝と別れの言葉を告げた。 「司祭様、お世話になりました」 「とんでもない。助けていただいたのは我々の方です。本当に、ありがとうございました」 司祭様が深々と頭を下げる。 セリクはエミーの服をギュッと掴んだまま、ボロボロと涙をこぼしていた。 エミーにもじんわりと涙が浮かんでいる。 「エミー、セリクをお願いね」 「おまかせください」 「セリク、エミーを助けてあげてね」 「っ、はいっ」 「ロイスもいっぱい迷惑かけちゃってごめんね。ふたりの事、時々見てあげてくれる?」 「もちろんですよ」 こういう時、ロイスの笑顔にホッとする。 「ディアリンドも元気でね。クッキー少しだけ残してるんだ。持って帰って食べるよ」 「はい。ケイ様もお元気で……」 よかった。 ディアリンドとこうして話ができるようになって。 それだけでも、来たかいがあったよ。 そう思いながら俺は、神秘的な紫色の光を放っているゲートへと足を向けた。 「ケイ様!」 呼び止める声に、俺は振り返る。 俺と同じ18歳になったディアリンドはあれからもう少し身長を伸ばして、今は俺よりほんの少し背が高い。 ディアリンドは俺の手を取ると、指先にそっと口付けた。 「またお会いできる日を、心待ちにしております」 え。 もしかして、これって全員にしてくれるサービス……? ……ではないか、咲希ちゃんにはしてなかったもんね。 いや、咲希ちゃんにそういう隙が全然無かったってだけかも知れないけど。 ディアリンドはあの日と同じように風に青い髪を揺らして、濃い青の瞳で俺を大切そうにじっと見つめている。 ディアリンドの手は、もう俺の手よりもほんの少し大きかった。 そっか。ディアリンドは男のままの俺にも、また会いたいって思ってくれたんだ……。 嬉しくて、思わず涙が滲む。 「うん、3年後にまた来るよ! 待ってて!」 あの時最後まで言えなかった再会の約束を。 俺は今度こそ力強く彼に伝える。 「はい! お待ちしております!」 ディアリンドは弾けるように笑って、俺に負けないくらいハッキリとそう答えた。 俺は紫色に輝くゲートに飛び込む。 ディアリンドの笑顔は眩しかった。 また来るから。 必ず来るから。 皆、少しだけ待っていてね……。

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