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3年ぶりのフロウリア
3度目に訪れたフロウリアは、やっぱり夏だった。
俺は鏡の前に紙を敷いて、その上で靴を履いてから移動した。
前回はその辺をよく考えてなかったから、靴下で屋外に着地したんだよね。
まあ前回も靴自体は持って行ったので、すぐに履きはしたんだけど……。
なんだかんだと一年間履き続けた靴はボロボロになっていて、俺は昨日のうちに新しい靴を2足買った。
この靴も3年使えば途中でボロボロになるだろうしね。
今回は米も持ってきた。
なのでかなりの大荷物だ。
ゲートから飛び出した俺の前には、あの日俺を見送ってくれた皆が待ってくれていた。
「ケイ様! お帰りなさいっ!」
そう言って飛びついてきたのはセリク……だよな?
声変わりを経て一段階低くなった声。
あの頃淡くてキラキラしていたプラチナブロンドはくすんだようなアッシュブロンドに変わっているし、背も高くなってるけど、その黄緑色の瞳はそのままだ。
「セリク、大きくなったねぇ」
「はいっ、いっぱい頑張りましたっ」
そっか……いっぱい頑張ってくれたのか……。
撫でた肩は、細かったあの頃の面影がまるでないほどにがっしりとした厚みがあった。
身長もあの時の宣言通りに、俺よりちょっと高いようだ。
17歳って事はまだ俺より年下のはずなのに、もう抜かされているとは……。
「皆、迎えに来てくれてありがとう」
俺の両手にいっぱいの荷物をサッと持ってくれたのはロイスだ。
「エミーもセリクも、ずいぶんと首を長くしていましたよ」と笑って言う。
ロイスはそんなに変わってないけど、前が26歳だったから今は29歳だ。
今年には30歳になるのか。娘さんももう結構大きくなったんだろうな。
「ケイ様、お待ちしておりました」
オレンジ色の瞳に安堵を浮かべるエミーは、より一層凛としながらも女性らしさに磨きがかかっていて、いかにも有能敏腕秘書って感じのオーラが漂っている。
以前は左右で三つ編みにしていた赤毛も、今は高い位置でまとめられてシニヨンキャップ……だっけ、お団子髪のカバーみたいなので包んであった。
前が22歳だったから、今は25歳だね。
始めて会ったときはまだ19歳で、俺よりちょっと上くらいだったのになぁ。
「エミー本当にありがとう。セリクをここまで育ててくれて。皆元気そうで安心したよ」
俺はキョロキョロとあたりを見回す。
ディアリンドは、少し離れたところで聖女様を見送るために待機している騎士達の中にいた。
こちらを気にしている様子のディアリンドに、俺はひらひらと手を振って笑いかける。
『約束通りにまた来たよ』という思いを乗せて。
ディアリンドは一瞬ギシッと固まって、それから小さく頭を下げた。
あ、お仕事中に邪魔しちゃったか。
ごめんごめん。
こっちはいいから、ちゃんと前向いてお仕事頑張ってね。
俺は罪悪感を感じつつ背を向ける。
見送られる聖女さんがまだそこにいるって事は、新しい聖女さんが来るのはさらにこの後だ。
新しい聖女は、現在の聖女が帰らない限りは呼び出されない。
実際に何年か聖女を続ける人もいるらしい。
ディアリンドはまだしばらく忙しいだろうし、俺達は邪魔にならないようにさっさと教会の生活棟に引っ込もうかな。
そこまで考えてからロイスを見る。
「ロイスは向こうに居なくていいの?」
「私は今年ケイ様がいらっしゃった場合、ケイ様がお戻りになるまで専属護衛をさせてもらう事になってたんですよ」
「へえ、そうだったんだ。ありがたいなぁ。騎士団長さんと司祭様にも後でお礼に行かないとね」
前回俺が来たときは、新しい聖女もこの世界に来た後で、たまたま司祭様の手が空いたタイミングだったけど、今回はまだ司祭様にも聖女のお見送りと新しい聖女の歓迎の仕事がある。
俺はすれ違いざまに司祭様と会釈を交わしつつ、神殿を後にした。
***
俺は前と同じ部屋に案内された。
こちらの世界では3年後でも、俺にとっては1日ぶりの部屋で、懐かしく思うほどの間もない。
部屋の中はほとんど変わっていなかった。
あの頃持ち込んでいたセリクの勉強机が無くなっていて、この部屋に最初に案内された時と同じ風景になっている。
「セリクは今どこで暮らしてるの?」
「魔法研究所の宿舎です」
「え、もう研究所に勤めてるの!?」
「正式には次の歳からですが、今は見習いで通っているので、もう宿舎に入って良いと言われました。基本教育課程は昨年には修了しましたよ」
「へぇー、優秀なんだなぁ。凄いやセリク!」
俺の言葉にセリクが口元を緩ませる。
「ケイ様に褒めていただけるように、いっぱい頑張りました」
うっ。素直可愛い!!
「えらいえらい! セリクは頑張り屋さんでえらいなぁー」
俺は思わず手放しで褒めまくり、アッシュブロンドの髪をわしわしと撫でる。
セリクは嬉しそうに黄緑色の瞳を細めた。
蒼も小3くらいまではこんな風に素直で可愛かったのになぁ。
……まあ、今も別に可愛くない事はないか。
素直ではなくなったけど、今も俺を大事にしてくれて、多分まだもう少し俺に甘えたいと思ってくれてる。
俺の荷物を整理し終わったエミーが、事情を補足する。
「セリクがどんどん大きくなるので、私の部屋に2人暮らしでは手狭になってしまって……」
そっか、そうだよね……。
俺はセリクを改めて見る。
170センチの俺よりももう少し大きいので身長は173センチくらいだろうか。
出会った頃130センチほどだったセリクは、別れの頃には140センチほどにその背を伸ばしていたが、そこからさらに3年で30センチくらい伸びたのか?
しかも、俺はてっきり細長く育つんだと思っていたのに、セリクは横幅までもがしっかりしている。
セリクの両親はまるで分らないが、おそらく体格の良い人だったんだろう。
その上……。
「セリク、もしかして筋トレ続けてた?」
「はいっ。ケイ様に教えていただいた通り、今も毎日行っています!」
やっぱりそうか。最初に飛びついてきたときも、ずっしり重い身体してたもんな。
俺はあの頃、日課の筋トレを行う俺を興味津々に見つめるセリクに「セリクもやってみるか?」と声をかけ、こちらを去る日まで毎日一緒に筋トレと走り込みをできる範囲で続けていた。
セリクがここまでがっしりした男に育ってしまったのは、半分近く俺のせいともいえる。
俺はセリクをまだ子どもだと思っていて、エミーに世話を頼んで帰ってしまったけど、その結果25歳の未婚女性の部屋に17歳のがっしり男子を寝泊まりさせる事になっていたのは、結構微妙だったのかもしれない……。
そんな生活では、エミーには恋人を作る余裕もなかっただろうし……。
もしかして、俺のうかつなお願いで年頃のエミーから大事な時間を奪ってしまったのでは……。
「エミーは、あの……、お付き合いしてる人とか、結婚を考えている人とか……」
エミーはちらりと俺を見てから、いつもと変わらない顔で言った。
「そのような方はおりません。私は生涯ケイ様にお仕えしても構わないと思っておりますから」
いや待って。
何それ。
……思った以上にエミーの忠義心が重いよ……?
それって、エミーは今年俺が戻ってこなかったとしても、エミーだけでセリクの面倒を最後までみるつもりだったって事……だよね?
う……。これは……。
あんまり気安くエミーに後の事を丸投げしちゃダメだな……。
「俺は、エミーにもエミーの幸せを見つけてほしいよ」
「そう思ってくださるのでしたら、まずはケイ様がお幸せになってください」
うん……?
俺はもう十分幸せだけどな。
皆がいてくれて、俺の事大切にしてくれて。
俺が首を傾げていると、エミーとロイスが大きなため息を吐いた。
えっ。なんでロイスまでため息吐くんだ?
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