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ディアリンドの想い人

 その日、夕食を終えた俺達の部屋にコンコンとノックの音がした。  ああ、よく仕事終わりにロイスが寄ってくれた時間だな。  なんて思ったものの、今日はまだロイスは俺の部屋にいる。  誰だろう。  司祭様と騎士団長さんには挨拶を済ませていたし、新しい聖女さんとはまだ面識がないし……。  ついさっき帰ったセリクが忘れものでもしてたかな?  俺がセリクの忘れ物がないかと部屋を見回すうちに、エミーが扉を開ける。  そこに立っていたのはディアリンドだった。  21歳になったディアリンドは涼やかで凛々しい青髪青眼の美青年になっていた。 「夜分に申し訳ありません。ご迷惑でなければ、ケイ様にご挨拶させてください」  ……わざわざ……俺に、挨拶しに来てくれたんだ……?  俺は思わず立ち上がって部屋の入り口に駆け寄る。  ディアリンドを見上げてしまってから、もう彼の方が俺よりずっと背が高いのだと知った。  そんな俺をエミーがそっと窘める。 「ディアリンド様をお通ししますので、ケイ様はおかけになっていてください」  入り口前にはロイスも詰めてるのに、エミーに俺まで入り口にきたら当のディアリンドが入れないか。  俺は「はーい」と答えてからディアリンドに「どうぞ入って、大歓迎だよ」と微笑みかけて、慌てて席に戻った。  ダメだ。口元が弛んでしまう。  気持ち悪いくらいニヤニヤした顔になってしまいそうだ。  ……だって、ものすごく嬉しい!  ディアリンドの方から会いに来てくれるなんて、思ってもいなかった。  新しい聖女が来てしばらくバタバタしがちだから、2週間くらいはディアリンドと話ができなかったとしても凹まないでいよう、なんて覚悟をしていたのに。  こんなにも早く、しかもディアリンドの方から会いに来てくれるなんて。  こっちに来た当日から、ディアリンドと話ができるなんて……!  ああダメだ。  顔が引き締められそうにない。  俺はどうしようもなくて両手で顔を覆った。  テーブルを挟んだ向かいにディアリンドが座る気配がする。  それと入れ替わるようにして、ロイスが立ち上がった音がした。 「私はこれで失礼します。ケイ様、ゆっくりお休みください。また明日参ります。」 「あ、ありがとう、ロイス……」  指の隙間から覗くようにして声をかけると、ロイスが碧眼を半分にした。 「ケイ様……、なにをなさってるんですか」  ロイスの声に、思わず肩を揺らす。 「ぅ、嬉しくて……。変な顔に、なりそうで……」  一瞬、しん。と部屋の中が静まり返った。  青色の騎士が赤く染まる気配がする。  ロイスは、困ったような顔でクスクス笑って言った。 「そりゃようございました。ディア、たっぷりお相手して差し上げろよ」 「ちょっ、余計な事言わなくていいよロイスっ。ディアリンドが何時間いればいいのか悩んじゃうだろっ」  思わず立ち上がって口にした抗議に、ディアリンドが小さく息を呑んだ。  見れば顔を赤くしたまま『どうしてそれを』みたいな顔をしている。  ああもう、そのくらい分かるよ! 「大丈夫だよ! 明日もディアリンドはお仕事あるし、ちゃんとすぐ帰すから!」 「お、お気遣いありがとうございますっ」  俺が真っ赤な顔のまま叫べば、ディアリンドも赤い顔で背筋をビシッと正して答えた。  ロイスは俺達の会話を背に、ケラケラ笑いながら帰ってしまった。  うー……。  こんな会話がしたいんじゃなくてさ……。  俺はもう一度両手で顔を覆って、ソファーに座り込んだ。 「……ケイ様」  ディアリンドが俺を呼ぶ声が、あまりに優しく聞こえて俺は耳を疑ってしまった。  こんなにも、優しい声を出す人だっただろうか。  そろりと指をおろして見れば、ディアリンドは嬉しそうに微笑んだ。  う……無理…………!!  これはダメだ、俺の許容量を超える……!  俺の幸せの摂取許容量を大幅に超えている……!!  21歳のディアリンドは、流れるような美しい眉に、スッと通った高い鼻に、深く青くきらめく瞳に、ほっそりとしたフェイスラインで、そこに青く揺れる髪が加わりもうイケメンの中のイケメンみたいな仕上がりになってしまっていた。  こんな顔、直視できない……!!  16歳のディアリンドは可愛くてかっこいいなって思っていたし、18歳のディアリンドも凛々しくなってさらにかっこいいなって思っていたけど、21歳のディアリンドはもうかっこよさの塊で、かっこよくて! かっこよくて!! かっこいい!!! みたいな、自分の知る限りのかっこよさをすっかり超越した存在になっていた。  エミーがいつの間にかお茶を淹れていて、俺とディアリンドに出してくれる。 「久しぶりでしたからね……。そのうち慣れますよ」  エミーはいくぶんか不憫そうに、俺にそっと囁いた。  な、慣れるかなぁ……。この顔に……??  俺はもう一度チラ、とディアリンドを見る。  俺と目が合って、ディアリンドが目を細める。  ぅぅ……無理だ……。  ディアリンドが、顔を覆っている俺に話しかけてもいいものか悩んでいる気配がする。  すぐ帰すと宣言した手前、あんまり無駄に時間を消費するわけにもいかない。  俺が縋るようにエミーを見上げると、エミーはちょっとだけ肩をすくめてから口を開いた。 「ケイ様はディアリンド様のお顔が眩しいようですが、お話は聞いてくださってますので、どうぞお話しください」  っ、そうだけど、そうじゃなくて……っっ!! 「は、はい。あの、これをケイ様に……」  ディアリンドがエミーに手渡したのは、前と同じお店のクッキー缶だった。  エミーが確かめてから俺に差し出す。  また、買いに行ってくれたんだ……。 「お好きだとおっしゃられたので」  そう言って、ディアリンドがはにかむ。  かっ……かっこいいのに、可愛い……とは…………。  俺は、ディアリンドがくれた4つ目のクッキー缶を両手に抱きしめる。  聖女の頃にもらった2つより、こっちの2つの方が嬉しく感じるのはどうしてだろう。  俺のままの姿をした俺に、ディアリンドがくれたものだからかな……。 「ありがとう、大好きだよ」  俺は感謝を込めて微笑んだ。  3年経ってもそれを覚えていてくれたことが、また、どうしようもなく嬉しい。 「……っ」  ディアリンドがさらに顔を真っ赤にする。  耳まで赤い。  相変わらず感謝に弱いんだな。  でもディアリンドが3年経っても変わらず真面目で、変わらないディアリンドでいてくれて嬉しい。  いや顔とか外見はグレードアップしてるけど。  俺は多分、彼の中身が好きなんだ。  だから彼の外見も好きだってだけで、多分ディアリンドならどんな姿でも素敵だと思ってしまうのかもしれない。  その法則が自分にも当てはまるだなんて事には全く気づかないまま、俺はディアリンドと再会の挨拶を交わす。  ずっと心待ちにしていたと、また会えて本当に嬉しいと懸命に伝えてくれるディアリンドに、小さく胸が痛む。  ディアリンドはあの姿の俺にも、会いたいと願ってくれたのに。  俺はそれに応えられないまま、ディアリンドをもう5年も待たせていた。 「ケイ様のお姿はお変わりありませんね。ご健勝でなによりです」 「俺の世界では、こっちの2年でやっと1日だからね」  俺の言葉にディアリンドは一瞬苦しげな顔をして、それから「そうですね……」と答えた。  俺は気付いてしまった。  ああ……、まだディアリンドは彼女を諦めきれていないんだ。  もう思い出になったのかも。なんて、俺の勝手な……都合のいい、思い込みだったんだ……。 「ディアリンドはまだ、前の聖女様に会いたい……?」  気がついたときには、口が勝手に尋ねていた。 「ぇ……?」  青い瞳が、不思議そうに俺を見る。 「あ、ええと、ディアリンドには再会を願ってる人がいるって、聞いたから……」  俺の言葉にディアリンドは悲しそうに少しだけ目を伏せて、それから「はい」と答えた。  小さな、短い言葉だったけれど、それには強い意志が込められていた。  ディアリンドは理解していた。むこうとこちらの時間の流れが違う事を。  だからこそ、いつまでも、彼は諦めることができないんだ……。  自分がずっと待っているつもりでも、相手にそれほど待たせている気はないかも知れないと。  それを分かっているから。  5日後がダメでも、6日後なら……、7日後がダメでも、10日後なら……。  もしディアリンドがそんな風に思ってしまったら……。  俺は背筋が震えた。  恐ろしくてたまらなかった。  彼がもし、俺を10日だけでも待とうとしたなら。  それだけで彼は20年をも棒に振ってしまう……。  そんな事を彼にさせてしまうわけにはいかない。  絶対に、それだけは防がなければ……。 「ケイ様……?」 「……ぁ……」 「お顔色が……」 「だ、大丈夫、だよ……」  ディアリンドは俺の言葉にあからさまに怪訝そうな顔をする。  震える俺に気づいたのか、エミーが素早くディアリンドに告げた。 「ケイ様はこちらにいらしたばかりでお疲れですので、今日のところはこれで……」  ディアリンドは長居を詫びて、また来ますと部屋を去った。  また来てくれることが嬉しくて、それ以上に申し訳なかった。  彼が本当に会いたい人は俺じゃないのに……。  ディアリンドはまだずっと辛い思いを抱えていたのに……。  彼の気も知らないで、俺ばかりが能天気に浮かれていたんだ……。  俺は、自分のあまりの浅はかさに吐き気がした。

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