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見つからない人
「はぁ? どっちも見てないってどういう事だよ!」
聖女の専用室では、憤慨するアオイの前にロイスとエミーが膝をついていた。
「大変申し訳ありません!」
「申し訳ありません……」
叱責を受ける2人の口から出るのは謝罪の言葉だけだった。
2人の話をまとめてみると、気づいた時にはケイト様は姿を消しており、セリクが「今帰ったじゃないですか」と言うので、そうだったかと納得してしまったらしい。
2人はどちらもその途中で意識を失ったりはしておらず、自分の足で歩いてゲートの前に行き、教会へ戻ってきたそうだ。
「なんでそれに今まで気づかなかったんだ!」
ロイスもエミーも、大切な主人の去り際を見ていないなどという無礼な話をできるはずもなく、これまでずっと、お互いに自分だけがうっかり見過ごしていたのだと思っていたようだ。
「じゃあ、そうなった事に対して心当たりは!?」
エミーが「恐れながら」と口を開く。
ケイトが作り上げ、セリクが使い方を覚えてしまった術は指定した記憶だけを消すことができると。
改竄や塗り替えはできないが、2人の記憶にそこだけ抜けがあるとしたら、その術を使われた可能性が高かった。
なら、本当は何があったのか。
隠された真実は、隠す必要性のある物だったはずだ。
例えば――……。
ダッと駆け出したアオイを、ディアリンドが身体を張って止める。
「なんで止めるんだよ!」
「お一人では危ないからです! 私も行きます!」
ロイスとエミーも、私もと立ち上がる。
そこへ、練習の時間を告げに最年少騎士であるアレスが赤い髪を揺らして現れた。
「失礼します。アオイ様、お時間です」
「悪いが今日はパスだ」
「え。で、ですが……」
「うるっせぇな! オレは世界なんかより兄貴の方がずっと大事なんだよっ!」
その言葉にディアリンドは衝撃を受けた。
もし自分が彼とそれ以外の全てを天秤にかけろと言われたら、自分はこんなにも潔く全てを捨てることができるのだろうか。と。
アオイが「奴のところへ案内しろ」と駆け出す。
エミーはそれに応えて素早くアオイを先導した。
4人が走り去った部屋には、迎えにあがったはずのアレスだけが1人ポツンと取り残されていた。
***
その日セリクはいつも通りに魔法研究所へ出勤していた。
そこへ、教会から面談を申し込まれている。と呼び出された。
応接室に向かいながらセリクは首を傾げる。
一体誰が、僕に何の用なのか。
セリクが待機を命じられた応接室の椅子にかけて待っていると、突然、バンと扉を蹴破る勢いで入ってきた若い女性が、鋭く叫ぶ。
「こいつか!」
エミーに「はい」と肯定されて、紫色の瞳がセリクを睨んだ。
なんだこいつは。そう思ってから、教会にいる見慣れない女性など聖女しかいないか、と思った。
「お初にお目にかかります、聖女様」
セリクは礼儀正しく挨拶をする。
ただ、その後ろに並ぶのがエミーとロイス、それにあの男だという事が気にかかる。
「お前、兄貴をどこへやった」
兄……? なんの話だ……?
訝しむセリクにエミーが補足する。
「この方はケイト様の弟君のアオイ様でいらっしゃいます」
その言葉を聞いて、セリクは素早く右手をポケットに重ねてその中にある魔石に魔力を送る。
ポケットにはスイッチ代わりの魔石を入れてある。
そこに魔力を流すだけで、向こうの仕掛けが動いたはずだ。
魔法ではないので、勘付かれる事もない。
セリクは動揺を一切見せないように、慎重に隠して答える。
大丈夫だ。こう言われた時のための言葉はとっくに準備してある。
自分も同じで、ケイト様が帰った時の姿は見ていないと言えばいいのだ。
そうすれば自然と、術を使ったのはケイト様だということになる。
「アオイ様、私はセリクと申します。私に何かご用でしょうか?」
「とぼけんな」
凄んだアオイがセリクにぐいと近づく。
セリクは、何をされるのかと思わず全身に力を込めた。
アオイはセリクに触れそうなほど近くまで顔を寄せると、嫌そうな顔をして言った。
「……兄貴の匂いがする」
「!?」
「こいつで間違いない」
アオイの言葉にざわりと気配を変えたのは、後ろの3人だった。
「な、な、何がですか……?」
「兄貴はどこだ」
紫色の瞳はセリクを射殺さんばかりに睨みつけてくる。
「言いたくないなら、言いたくなるようにさせてやろうか?」
それは間違いなく脅しだった。
「お、お待ちください。事情を教えてくださいませんか?」
セリクの頼みにエミーが応える、それにセリクは用意していた通りの答えを返した。
しかし、ケイト様が術を使ったのではないかという結論に至ってセリクに向ける視線を緩めたのはエミーとロイスだけだった。
「だとしても、こいつは兄貴がいる場所を知ってる」
アオイがそう主張するだけで、なぜかディアリンドはそれをすんなり信じている。
なんでだよ。
セリクは内心で苛立ちながらも言った。
「では僕を牢に入れてください」
セリクの言葉に、アオイは顎に手を当てて考える仕草をする。
口を開けば厳しい言葉ばかりだが、この聖女は黙っていればまるで人形のように小さく愛らしかった。
「……いや、今日のところは帰る」
その言葉に驚いたのはセリクだけでなく後ろの3人もだった。
「あ、お前の部屋は勝手に調べさせてもらうからな」
アオイの言葉にセリクは頷く。
「はい、アオイ様がご納得ゆくまでご確認ください」
アオイは腕を伸ばしてセリクの胸ぐらを掴んで言った。
「……てめぇ、後で覚えとけよ」
ぎろりと紫の瞳に睨み上げられて、セリクはもう一度息を止める。
何がどうして、あんなに優しい人の弟がこんな荒くれ者なのだろうか。
むしろ兄弟だというのは嘘ではないだろうか?
アオイは「帰るぞ。ディア、ここの人らに礼言っとけ。いいな?」と言い残すと踵を返して勢いよく部屋を出た。
後を追って部屋を出たディアリンドが「はい」と答えて、お茶を届けようと廊下をこちらへ向かって来る研究所の女性へ面談の手配の礼と早々の引き上げに対する謝罪を口にする。
エミーとロイスもそれぞれに謝罪を告げて、ズンズンと進むアオイの後を慌てて追った。
しかしアオイは研究所を出てすぐのところで待機していた。
「別に怒って帰ったわけじゃねーし。……場所を変えるぞ」
***
そうして、4人は聖女専用の区域にある聖女の部屋にもう一度集まっていた。
「なぜセリクを捕らえなかったのですか?」
ディアリンドの言葉に、アオイは答える。
「あいつが自分から言い出したってことは、あいつにとってはそれは想定内で、そうなっても困らないか、逆にオレ達が困るってことだ」
セリクとの会話の後、4人は管理人に鍵を借りて、立ち合いの元セリクの宿舎にも立ち入った。
そこには誰もいなかったが、アオイはベッドから「兄ちゃんの匂いが……すげーする……」と、歯軋りをした。
「悪い。オレが先走った。あいつに接触する前に部屋を調べるべきだった。ほんのちょっと前まで、兄ちゃんはここにいたのに……」
「アオイ様のせいではございません」
「……あんな狡猾な奴だったとはな。兄ちゃんが可愛がってるって言うから、もうちょい可愛げのあるやつかと思ってたよ。しくじったな……」
ディアリンドはアオイの悔やむ姿を初めて見た。
アオイはセリクの部屋を見た後で、遅れて本日の聖力制御練習を始めたが、驚きの集中力で遅れを取り戻し、その日に予定されていた内容をしっかりと終了させた。
大切な人が行方不明だという焦りを抱えた上で、これだけの集中力を発揮できるとは、どれほど精神が強靭なのかと、ディアリンドは畏敬の念すら覚えた。
一方で一度教会の生活棟に戻ったエミーは、司祭に相談して予定されていた仕事から外してもらったらしく、今はアオイの傍にいた。
「エミーって言ったよな」
「はい」
「あいつと一番仲がいいんだよな」
「はい」
「隠密行動はできるか?」
「多少は……」
「見つかったとして、あいつはお前を害さないと言えるか?」
ここまでスラスラと答えていたエミーが、その問いに一瞬表情を曇らせる。
「おそらく、としか……」
「んだよ、育ての親のひとりなんだろ? もうちょい懐かれとけよ」
「……申し訳ありません」
「しゃーねーな。そっちのお前、えーと、ロイス」
「はい」
ロイスはたまたま今日が聖女様の護衛番だったため、朝からずっとアオイの傍に控えている。
「お前は兄貴の護衛役だったのに、兄貴を守りきれなかったわけだ」
「……はい」
「んじゃあ、兄貴のためなら危ない橋も渡れるよな?」
「喜んで」
さらりと答えられて、アオイの方が一瞬たじろぐ。
アオイの指示で、ロイスはセリクの退勤後にセリクの行動を追うことになった。
「あいつはぜってー近いうちに兄貴に会う。兄貴を見つけるならこれが一番早いはずだ……」
そう言うアオイの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようで、その焦燥は全員が感じていた。
出立式までもう3日しかない。
それまでにケイトが見つからなければ、この聖女は間違いなく旅になど出ないと言うだろう。
そうでなくても、一刻も早くケイトを見つけ出したいと思う気持ちは全員に共通していた。
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