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手を繋いで

ディアリンドは言ってくれた。 ずっと俺の側にいたいと。 その気持ちは本当に嬉しかった。 けれど俺にはもう分かっていた。 彼らの一生は俺にとっての50日にも満たないと……。 今年23歳になるディアリンド……ああ、彼は今月誕生日だったはずだ。 昨年は俺もパーティーに呼ばれたんだよな。 今年も彼はあんな風に、皆に祝われて幸せな誕生日を迎えただろうか。 この世界の人々の寿命は俺たちとそう変わらない。 ただ、治癒術という意味での医療ならこちらの方がずっと上だが、延命措置や健康寿命を延ばすという意味での医療は俺達の世界の方が上のようで、こちらの人々は80歳を越えればかなり長生きの部類に入る。 仮にディアリンドが80歳まで生きたとしても、俺の時間ではほんの30日にも満たない。 こんなに時間の流れが違う者同士では、きっと寄り添うほどに、どちらも辛くなってしまうのではないだろうか……。 キリアダンにいる元聖女さんは、どんな思いでこちらに残っているんだろう。 やっぱり一度会って話を聞いてみたいな。と俺は頭の隅でぼんやり思う。 「ケイト様」 間近で名を呼ばれて、ハッと顔を上げる。 「思うことがおありでしたら、どうか私にもそのお心をお聞かせ願えませんか」 ディアリンドは真剣に俺を心配してくれていた。 青い瞳が俺をまっすぐに見つめている。 どうしよう。彼の言う『ずっと』がもしこの1年や2年を指しているのだとしたら、とても恥ずかしいのだけれど……。 「ええ、と、その……。ただ、俺とディアリンドは生きる時間が違うから……って、思って」 ディアリンドは俺の言葉に瞬くと、納得したように頷いた。 「確かに……、私の生涯では、ケイト様をずっとお守りすることは叶わないのですね……」 生涯……。 ディアリンドの『ずっと』は、本当に『ずっと』だった。 嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちと、共に歳を重ねられないことへの悲しみが混ざり合って、俺は小さく苦笑する。 「でも、そう思ってもらえるのは本当に嬉しいよ。ディアリンドさえ良ければ、俺の側に……その…………ええと……」 言いながら、段々とその意味に気づいて俺は真っ赤になってしまった。 これはあれじゃないか、彼は生涯側にいたいって言ってるわけなんだから、プロポーズみたいなものなんじゃないか? それを受け入れるって事は、ええと、ええと……。 「お許しいただけるのですか!?」 彼の声が喜びに震えている。 そんな、俺の側に居ていいと言われただけで、大袈裟ではないだろうか。 青い瞳に期待をたっぷり込めて見つめられ、俺は思わず頷いた。 ぱあっと彼が破顔する。 うっ。眩しい上に、至近距離だ。 いや待って、今更気づいたけど、これはちょっと距離が近すぎるんじゃないだろうか? どうして俺は見知らぬ部屋の見知らぬベッドの上でディアリンドに抱きしめられてるんだろうか。 ああでもその前に。 俺はちゃんと答えないと。 頷くだけなんて失礼だ。 彼の言葉に、俺もちゃんと心を返したい。 「お、俺も、ディアリンドに……」 「リンとお呼びください。ケイト様にはそう呼んでいただきたいのです」 「あ、う、うん。じゃあええと、リン」 「はいっ」 うっ、可愛い……っ。 俺が愛称で呼んだだけで、ディアリンドは嬉しそうに微笑んだ。 「俺も、リンに……その、そばにいて、ほしい……」 精一杯の勇気を出して気持ちを伝えれば、俺の顔は情けないくらい真っ赤になってしまったけど、ディアリンドがすごく嬉しそうに笑ってくれたから、これでもいいかと思った。 *** 翌朝、朝食よりも早くやって来たのはエミーだった。 エミーは俺を見るなり、平伏した。 額を床に擦り付けるようにして謝罪を始めるエミーを、俺は慌てて止めた。 「わああ待って待って、話はディアリンドから聞いたから、エミーが謝るようなことじゃないよ」 「いいえ、謝って許されるような事ではありません。どのような罰でも受けます。死ねとおっしゃるなら死にます」 えええ……。 相変わらずエミーの忠義が重いよ。 そういえば、エミーも前に俺に生涯仕えてもいいって言ってくれてたよね。 あれ? じゃあ昨日のディアリンドの言葉も、そういう意味ではなかったのかな……。 あー……なんだ……俺1人で舞い上がっちゃったよ。恥ずかしいな。 俺は自身の勘違いと恥ずかしさを堪えつつ、エミーに「まずは顔を上げてくれるかな」と言う。 顔を上げたエミーは泣いていた。 悔しそうなその顔に、エミーがどれほど自身を責めていたのかが分かる。 そうか、エミーは自分が許せなくて、それで俺から罰がほしいのか。 俺はエミーの前にしゃがみ込んで、その涙を拭う。 「ケイト様……」 「心配かけちゃってごめんね」 俺の体は3か月も拘束され続けていた割には衰えず、動くことも苦ではなかった。 これはおそらく俺の体の時間が3か月で3時間ほどしか進んでないからだろうな。 「仕方ないよ、セリクの……っ、こと、は……」 セリクの名を口に出すだけで歪んでしまった俺の表情に、エミーは息を詰める。 っ、ごめん……。 何でもない事みたいに言えると思ったんだ。 でも、平気なフリができない程度には、俺にとって辛い事だったんだな……。 エミーはそんな俺をまっすぐ見上げて言った。 「どうぞ私に罰をお与えください」 乞われて、俺は考える。 エミーの罰を考える事は、俺の思考をセリクの事から切り替えるためでもあるのかな。なんて、エミーの気遣いに頭の隅で感謝しながら。 「じゃあ、俺が向こうに戻るまで側に居てくれたら嬉しいな。エミーがいてくれると安心できるから……」 「ケイト様……そのような事……」 「あ、でも今年はもう別のお仕事が入ってるよね。俺まだ来年までこっちにいたいと思ってるから、来年だけでも……」 「いいえ、今よりずっと、片時も離れずお側にいます」 エミーはオレンジ色の瞳を決意で満たして俺を見つめ返す。 「ええっ」 「司祭様のご許可はいただいております」 「そうなの? 早いね」 「その為に、昨夜はディアリンド様に後をお任せしましたので……」 と、エミーは一回そこで言葉を切ってから、俺の後ろに膝をつく青髪青眼の騎士を怪訝に見た。 「ところで、そちらはどのような状況なのですか?」 ディアリンドは俺の身を案じて、昨夜も寝ずの番を申し出てくれた。 けれど、日中も一日働いた彼にさらに不寝番までさせるのは申し訳なくて、でもディアリンドも頑固だから俺を置いて休むなんてできないって言うから……。 折衷案がこれ。手を繋いで寝る。だった。 おかげで昨夜は緊張してなかなか寝付けなかったけど、怖い夢を見ることもなかった。 と、……そこまでは良いとして、なぜか、その後もずっと、ディアリンドが手を繋いでくれているんだよね。 「ケイト様の安全をよりお近くで守る為です」 ディアリンドが真面目な顔で答える。 ……これがまた、本当に大真面目にそう思ってるところが、彼らしい……。 エミーは何やら言いたそうな顔をしていたけれど「ケイト様がそれで良いのでしたら……」と言葉を飲み込んだ様子だった。 そうして俺達はツッコミ不在のまま手を繋いで朝食を食べることになった。 食事は部屋に運ばれた。 それにしても、ディアリンドの生家でもあるルクレインのお屋敷は、離れの客間ですらすごい広さなんだけど。 本館はどんなに広いんだろうか……。 右手をディアリンドの左手と繋いでいた俺には、エミーが嬉々として食べさせてくれた。 うんまあ、2人にも散々心配をかけたわけだし、このくらいのことで喜んで貰えるなら多少玩具にされるのもいいかな……。 2人が俺の世話を焼けて満足そうなので、俺はほんの少し不便を感じつつもそうやって午前中を過ごした。 お昼までもう少しというところで、部屋にやって来たのはロイスを連れた今年の聖女だった。

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