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もう一度、やり直して

「ごめん兄ちゃん。オレが悪かった」 「え?」 「オレ魔法失敗したっぽい。せっかく兄ちゃんが実験台になってくれたのに、ごめんな」 「えーと……」 「兄ちゃんの記憶ってどっからどこまで残ってる?」 「記憶が途切れる前は、儀式の日に皆でゲートに向かうあたりまで……かな」 「その後は?」 言われて、俺はもう一度丁寧に記憶を辿る。 しかし、そこから先は今気がついたところからの記憶しか残っていなかった。 「今きづいたとこから。途中は何にも覚えてないな」 「そっか……。ごめんな」 そう謝った蒼は、なぜか少しだけホッとした様に見えた。 どうやら俺は蒼の記憶消去魔法の実験台となって、想定外に広範囲の記憶を消されてしまったらしい。 蒼は普段すごくしっかりしてるのに、時々こういう大きなミスをすることがあるんだよな。 俺は今までいくつかあった蒼の大失敗をぼんやりと思い浮かべる。 あれ……? でも俺はあの時、向こうに帰るつもりでゲートに向かったのに、どうしてまだこっちにいるんだろう。 蒼は、そんな俺の考えに気付いたのか答えた。 「兄ちゃんが帰らなかったのは、ディアが引き止めたからだよ」 「え、ディアリンドが……?」 後ろを振り返ろうとして、あまりの距離の近さに躊躇う。 だって、ディアリンドの鼻息が俺の頭にちょっとかかってる近さなんだけど。 ディアリンドはなんでずっと俺のこと後ろから抱き抱えたままなんだろう。 しかし、蒼はディアリンドのことディアって呼んでるのか。 俺にとって大切な2人が、ちゃんと仲良くなったんだと知れたのは嬉しい。 この2人は2人揃ってわかりにくい性格をしてるから、ちょっとすれ違ったらもうずっと犬猿の仲みたいなことにもなりかねないと思うんだよね。 その辺は俺が手を入れたのかも知れないな。覚えてないけど。 「ほらディア、兄貴は全部忘れてんだから、さっさともう一度謝れ」 蒼に促されたディアリンドは、突然俺をひょいと抱き抱えた。 「ぇ」 ちょっ、ちょっと待って!? なんで、急にお姫様抱っこ!? というかさっきからディアリンドの距離が異常に近過ぎない!? 俺とディアリンドにこの3か月で何があったの!? 俺が内心で大慌てしてる間にディアリンドは俺をソファにそっと下ろした。 ふかふかのソファがゆっくりと沈む。 ディアリンドは俺の前に回って跪くと頭を下げる。 あ、なんかさっき謝れって言われてたよね。 なんの謝罪なんだろう……。 「ケイト様、大変申し訳ありません……」 その言葉だけで、分かった。 彼は初恋の聖女の正体に気づいたんだ。 「私が愚かで大変鈍かったために、ケイト様に長らく心労をおかけしてしまいました」 ディアリンドの青い瞳が後悔を滲ませて俺をまっすぐに見上げる。 「そんな、謝るのは俺のほうだよ。俺がずっと言い出せなかったせいで、ディアリンドの大切な時間を何年も奪ってしまったんだ……」 ディアリンドは俺の言葉の終わりを待ってから、しっかり首を振った。 「いいえ。ケイト様にいただいたものなら数え切れないほどありますが、私がケイト様に奪われた物などひとつも……――」 ハッと何かに気づいたように青い瞳が見開かれる。 それから、彼は幸せそうにはにかんだ。 「いえ、私の心は初めてお会いした時からずっと、ケイト様に奪われております」 「ひぇぇ……」 あまりに強烈な言葉と顔面の良さに、俺は思わず悲鳴を上げて顔を覆った。 「……お前、よくそんなセリフをこんな何人も見ている前で言えるな」 半眼で呟いた蒼に、ディアリンドが不思議そうに首を傾げる。 あーーーー、これディアリンド何にも考えてないやつだ。 ただ本心を伝えてるだけのやつ、これが一番、俺の心臓に悪いやつ……っっっ。 「ですが、これはケイト様に望まれたわけではなく私が勝手に差し出しているだけですので、ケイト様がご迷惑でしたら聞かなかった事としていただいて構いません」 えぇえぇぇ……。 何それ、なんでディアリンドがそんな事言うんだよ。 俺これ2回目なの? 1回目はなんて答えたんだよ俺!! 「あの、俺、男なんだけど……」 「存じております」 ディアリンドは即答して、揺るぎない視線を俺にまっすぐ注いでくる。 俺はそれがどうしようもなく嬉しくて、涙が滲んだ。 俺を見つめるディアリンドを見つめ返しているだけで、心臓がドキドキして胸が苦しくなる。 俺も……、俺にまっすぐ心を届けてくれるディアリンドに、俺の心をちゃんと届けたい。 「俺……俺も……」 「っ、そこまでにしてくれよ!」 叫んだのは蒼だった。 「ディア! オレは謝れっつっただろ!? 告白しろとは言ってねーんだよ!」 叱られて、ディアリンドが「申し訳ありません」と答える。 「なんで俺が異世界まで来て兄貴と男の告白シーンを見せらんねーといけねーんだよ!!」 う。 ……確かに。弟の前で言うことではなかったな……。 俺もうっかり周りが見えなくなっていた。 蒼が止めてくれて助かった……。 「……そーゆーのは、2人きりでやってくれよ……」 あれ? でも別に止めはしないんだ? 蒼は俺に対して妙に過保護で、俺に近づいてくる相手は男だろうと女だろうと牽制してくるとこがある。 それなのに、告白まで許してくれるとは、ディアリンドは蒼に随分と信頼されてるんだなあ。 ん? いや待てよ。さっきまでの俺とディアリンドの距離感を考えると、俺は3か月の間に既にディアリンドと恋人関係になっていたとか……? 流石にそれは高望みが過ぎる気がするけれど、俺はついつい、ほんの少しだけ期待してしまう。 改めて俺は、自分にこの3か月分の記憶がないことを残念に思った。

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