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できるだけ早く慣れるように頑張るから
蒼は出発式の準備があるとかで、早々に帰ってしまった。
今年の巡礼はいつからだろうかと尋ねれば、出発式はもう明後日らしい。
そりゃバタバタしてる時期だよね。
それなのに、教会から馬車で往復1時間ほどもかかるルクレイン邸に顔を出させてしまうのは、申し訳ないな。
俺はエミーに尋ねる。
「何で俺って教会じゃなくてディアリンドのお屋敷にお邪魔してるの?」
「……それは……」
答えに迷う様子のエミーに代わって俺の横からディアリンドが答えた。
「私が、ケイト様のお側に常に居たいと願ったからです」
え。ええと……。
俺は、俺の真隣にピッタリと寄り添う青髪の騎士の横顔を見上げる。
なんかこの距離感にも覚えがあるな。
ああそうか、旅についてきたばかりの頃のセリクがこんな感じでいつも俺にピッタリくっついてたっけ。
でもあれには俺に即時魔力を供給するためっていう必要性があったんだけど……。
「えっと……、ディアリンドの距離って、3か月の間ずっとこうだったの?」
「ずっとではありませんが、今はこうです。私はケイト様のお側に生涯お仕えする事を許されましたので」
えっ、誰に許されたの? あ。俺か。
生涯って……一生って事……だよね……?
え……。いや、え。マジで……?
この3か月で、俺ってば告白どころかプロポーズまで成功してるのでは?
そう思った俺にエミーが言う。
「私も、ケイト様がこちらにいる間ずっとお側にいるお約束をしております」
そうなんだ。それはありがたいな。
「ありがとう。嬉しいよ。エミーがいてくれると安心する」
俺が感謝を込めて微笑むと、エミーもにっこりと笑う。
「……私では、ご安心いただけませんか……?」
悲しげな声がすぐ隣から聞こえて、俺はギクリと肩を揺らした。
おそるおそる隣を見上げると、ディアリンドが青い前髪の向こうから青い瞳で俺を見つめている。
「いや、ディアリンドがいてくれるのももちろんすごく嬉しいよ? でもその、ちょっと……、この距離だと、俺の心臓がもたないというか……」
「私は離れた方が良いという事でしょうか」
うっ。そんな悲しそうな顔で言われると、頷ききれないんだけど……。
俺は視線でエミーに助けを求める。
エミーはすぐに分かってくれて「ケイト様はここ最近のご記憶を失ってらっしゃいますので、ディアリンド様も今しばらくはご配慮くださいませ」と言ってくれた。
「……分かりました」
答えたディアリンドが俺の斜め後ろへと静かに控える。
隣から消えた体温にほんの少し寂しさは感じるけど、それよりもずっと俺はホッとしてしまった。
いやだって、あんなに整った顔があんなすぐ隣にあったら、緊張しっぱなしだよ……。
俺は斜め後ろのディアリンドを振り返って、心から謝った。
「本当にごめんね、できるだけ早く慣れるように頑張るから、もう少し待っていてくれる?」
ディアリンドは青い瞳を瞬かせて、それから嬉しそうに笑う。
「いいえ、どうぞごゆっくりなさってください。ケイト様のお心が落ち着くまで、私はいつまでもお待ちしております」
うぅ、何これ幸せだよ……っ。
俺が忘れちゃったのが悪いのに、皆優しいなぁ……。
「ありがとう、ディアリンド」
俺が微笑み返すと、ディアリンドは一瞬迷ってから、口を開いた。
「もしよろしければ、私のことはリンとお呼びください」
あ。それは……、俺が聖女の頃にディアリンドを呼んでいた呼び方だ。
「お、俺が呼んでもいいの……?」
はたして、黒髪黒眼のこんな地味な男が、こんな美しい騎士にそんな甘い呼び方をしてもいいものだろうか。
「はい。ケイト様にはぜひ、そう呼んでいただきたいのです」
俺の口にした懸念は、ディアリンドに甘く微笑まれて吹き飛ばされた。
ぜひ呼んでほしいとまで言われて、遠慮するのは流石に申し訳ない。
「じゃあええと……、リン……?」
「はいっ」
うっ、可愛い……っ。
俺が愛称で呼んだだけで、ディアリンドは嬉しそうに破顔した。
俺は赤くなりそうな顔を隠すように、前へと向き直る。
俺にお茶を入れてくれているエミーを見上げて、尋ねた。
「それで、俺って今年は巡礼に参加する予定になってたの?」
まずはここを確かめておかないと……。
行くとなったらもう明後日なわけだし。
エミーは俺を心配そうに見てから言った。
「今のケイト様は今年の儀式後のご記憶がございませんので、参加不参加につきましてはケイト様の現在のご意志に従うことになっております」
「そっか。それはありがたいけど、記憶を無くす前の予定としてはどうだったの? 俺はそれに合わせるよ。ディアリンドは……ぁ。えっと、リンは参加するんだよね?」
俺はもう一度斜め後ろを振り返る。
「私は、ケイト様のお側におります」
あ。そっか。今年はディアリンドが去年のロイスと同じポジションなんだ。
俺が行けば行くし、俺が行かなければここにいて、俺を守ってくれるんだ……。
そう思うだけで、なんだか胸がいっぱいになってしまう。
ディアリンドとの会話の終わりを待っていたエミーが、俺の質問に答える。
「ケイト様は、アオイ様を補助できるようにとご同行のご予定でした」
「そうか、そうだろうね。じゃあ予定通り同行するよ。あ。今年は西回りだよね。俺、西回りで旅するのは初めてだな」
遊びに行くわけではないのは分かっているけど、それでも、ディアリンドとエミーがそばにいてくれて、アオイも聖力を使いこなせていて、昨年度に浄化残しもないとなれば、それはなんだか楽しみな旅に思えてしまう。
「ケイト様には、ルクレイン家より馬車をご用意しております」
俺はディアリンドの声に振り返る。
そっか、今年もディアリンドが馬車を出してくれるんだ。
ありがたいな。
「ありがとう、助かるよ」
「大型の馬車に寝台を取り付けてございますので、中でもゆっくりお寛ぎいただけます」
ん……?
それって、もしかして聖女様が乗る馬車より豪華になっちゃってない……?
い、いいのかな……。
笑顔を少しだけ引き攣らせた俺に、ディアリンドは続ける。
「……実のところを申しますと、勝手ながら、昨年この馬車でご一緒できたらと思っておりました……」
「えっ、じゃあその馬車は一昨年までに作ってたって事?」
まさか、俺が魔法術式の研究で部屋に篭っていた年の巡礼を、ディアリンドが一緒にと望んでいてくれたなんて。
思ってもいなかった事実に、俺はディアリンドを改めて見る。
ディアリンドはぎゅっと両手を握り締めて、何かを悔やんでいるようだった。
じゃあ……ディアリンドは昨年俺が巡礼に行かないと知って、がっかりしたんだろうか。
わざわざ馬車まで新しく作ってたんだから、そりゃがっかりするよね。
「ごめんね、全然気づかなくて……。きっとリンをがっかりさせちゃったね」
「いいえ。もっと私が……ケイト様に心の内を全てお話ししていればよかったのです。……本当に……本当に、申し訳ありません……」
ディアリンドの言葉には、強い後悔が込められていた。
えっ、そこまで後悔するほどの事でもないと思うんだけど……。
「気にしないで。今年は一緒に行こうね。俺、リンとエミーと馬車に乗って出かけるの、ちょっと不謹慎だけど、楽しみだよ」
なるべく明るく笑って言えば、ディアリンドもエミーも、なぜかちょっとだけ痛そうな顔を誤魔化すようにして微笑んだ。
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