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似た者同士

その日の夕刻。 アオイはロイスと共にルクレイン邸の地下牢へ急いでいた。 ケイトに対してエミーが口にしていた空白の3か月に関する答えのほとんどは、アオイの指示によるものだ。 アオイはケイトの行動のほとんどを『兄貴なら絶対にそうする』と迷うことなく断定した。 そんな判断の早いアオイだったが、セリクの処遇に対してだけは、いまだ決めかねていた。 引き離すことにリスクがある状態のままでは、セリクまで巡礼に連れて行かざるをえない。 しかしそうして下手に旅先で兄貴を攫われてしまえば、今度は追いきれない可能性だってある。 なんとしても、出発までにセリクを確実に潰しておかないとならない。 だというのに、やれ儀式のセリフの練習だの最終衣装合わせだのでくだらない時間を食わせやがって。 すでに空では日が傾きかけている。 あいつから必要な情報を全部引き出すのに、どれだけ時間がかかるかもわからねーってのに。 アオイが苛立ちから舌打ちをすると、ロイスが宥めるように言った。 「まあ落ち着けよ。キッチリ頭冷やしとかねーと、あいつ頭だけはいいからな」 アオイは「……分かってる」とだけ答える。 アオイは昨日からディアリンドに代わって自分の専属騎士となったロイスに「こんなおっさんから様付けされたり敬語で話しかけられてもキモイだけなんだよ」と言い放ち、私的な場でのタメ口を許していた。 ロイスが「なんでディアには様付けさせてるんだ?」と尋ねると、アオイは「ディアにも言ったけど、頭固くて変わんねーんだよ」と答えた。 アオイ達は地下牢のある小屋の表に立つ警備兵に通行証を見せて、中へと入る。 石造りの階段を下ると、その奥に大きな鉄格子が見えてくる。 地下牢は暗く静まり返っていたが、思ったほどに空気も悪くなくそれなりに清潔そうではあった。 ここにも警備兵が1人立っていた。 上に立つ2人も合わせると、3人がセリク1人の見張りに付けられているとは、教会よりもルクレインの私兵の方が数は多いのか? ……まあ、ディアリンドが強引に立たせている可能性も高いか。 地下にある牢は2つのみで、そのうち手前の牢にセリクは入れられていた。 アオイが牢の前に立つと、両腕で膝を抱えていたセリクは膝に伏せていた顔を上げる。 アオイは牢番に鍵を開けさせると、ロイスと2人で中へ入った。 「ロイス、両手を拘束していつでも首を絞められるようにしろ。いいな?」 「はい」 もうこの世界に来て3か月だ。 勉強を怠らなかったアオイは、魔法術式の発動に必要なものを把握していた。 セリクは硬い石の床に押し付けられると、その上からロイスにのし掛かられるようにして、体と両手の自由を奪われる。 ロイスの手がセリクの首へと回ると、気道を握りつぶせる位置をしっかりと掴んだ。 既にセリクは身体検査を経て仕掛けの入った魔石も全て回収されている。 それでもセリクは、顔の前にしゃがみ込んだアオイを黄緑色の瞳でギッと睨んだ。 アオイは胸中でため息を吐く。 この顔は、まだ全然諦めてねー顔だよな……。 まだ兄貴を取り戻せると、可能性があると思ってやがる。 ったく、オレの兄貴に一体何を仕掛けてくれてんだよ……。 オレは内心に湧く焦りを隠して、いつものように冷たい顔をして言った。 「セリク。兄貴はお前の事全部忘れたよ」 「…………は?」 黄緑色の瞳が大きく揺れる。 オレは兄貴が作ったという禁呪の術式が書かれた紙を見せてやる。 「これ、お前も知ってるだろ?」 「…………そ……そんな……まさか……」 ぶわりと青緑色の魔力が広がると同時に、強烈な風が吹き荒れる。 が、次の瞬間ロイスに息を止められたセリクはその魔力を霧散させた。 「兄貴と心中なんかさせてたまるかよ!」 オレが叫ぶと、ロイスに手を離されてひとしきり咳き込んでいたセリクが、不意に笑い出した。 「ふ……ふふ、あはははは!」 「何がおかしい」 「僕と離されて、ケイト様が今頃どうなってると思う? 僕は1日も欠かさず毎晩あの方を愛してたんだよ?」 こいつやっぱ今すぐ殺してーな。 とりあえず殴るか。 オレは小さな白い手を握り込むと、拳に聖力の障壁を纏わせてセリクの横っ面を叩く。 お。障壁効果か。この細腕でも意外と殴れるな。 ロイスが視線だけで拘束が緩むからやめてくれと訴えている。 悪い。思ったより入った。 「何が言いたい。兄貴はもうお前の事なんか覚えてねーんだよ」 「はっ。分かってないよね。頭の記憶だけ消したって、身体には残ってるんだから」 「……何がだ」 「とっくに発動してる頃だよ、今頃ケイト様はどうなってると思う?」 「発動……?」 ざわり、と胸がざわめく。 今すぐ兄貴の無事を確認したい気持ちに、全ての思考を奪われそうになる。 くっそ、こいつの思い通りになってたまるかよ! こいつは兄貴を取り戻したいんだ。 兄貴が1人だけ死ぬような事はまずありえない!! 「時限式の呪印か……っ」 苦々しく呟いたのはロイスだった。 「正確には呪印じゃなくて淫紋だよ。毎日、僕が仕事から戻る頃には、ケイト様は僕が欲しくて欲しくてたまらなくなるようになってるんだ」 オレは思わずセリクの髪を引っ掴んだ。 「っ、お前いい加減にしろよ!? 兄貴はお前の玩具じゃねーんだよ!!」 一瞬痛みに顔を歪めたセリクが、それでもニヤリと口端をあげる。 「こんなとこでモタモタしてていいの? 今頃ケイト様は熱に耐えられなくなって、その辺の護衛兵に抱いてってねだってるかも知れないよ?」 その黄緑色の瞳が兄貴の姿を記憶の中から引き出していることに気づいて、吐き気がする。 ああくそ。考えんなオレ。 最優先はこいつだ。 兄ちゃんのとこには、ディアがいる。 滅多なことにはならねーだろ。 オレはゆっくり息を吐くと、セリクを冷たく見下ろして言う。 「そんなのお前が一番嫌だろうに、よく言うよ」 「なっ」 大きく揺れた黄緑色の瞳は、オレの言葉を肯定していた。 「解き方を言え。今すぐにだ」 オレは掴んだままの髪を引き上げて言う。 「誰が言うもんか! ケイト様は僕だけの物だ!」 子どもじみた言い草に、こいつの心の幼さを感じる。 事実こいつは、欲しいものを我慢できないだけのただの子どもだ。 ……だけど、オレだって、ほんの少し間違ってたらこうなってたはずだ。 あの時……、兄貴の記憶を消すときに、どうせ消えるなら、一度だけならとそれを望んでしまった。 告白だけでもしたかった。 好きだと、ずっと誰より愛してると伝えたかった。 その唇に……、一度だけでも触れることを許されたなら、どんなに幸せだろうかと、それを願ってしまった。 「っ! 兄貴は誰の物でもねーって言ってんだろ! まだ分かんねーのかよ!!」 まだ分かってないのは、自分も同じだと。 オレは胸中で自嘲する。 「兄貴に施した術を全部言え。でないと、お前の中の兄貴の記憶を消す」 黄緑色の瞳が悲痛に見開かれる。 セリクにとってそれは耐えられない事のようだ。 次の瞬間、セリクが舌を噛み切ろうとした。 オレはその口の中に手を突っ込んで阻止する。 「っ……てぇな……」 「アオイ!?」 「ここは様を付けて呼ぶとこだろ」 オレが苦笑を見せると、ロイスはちょっとホッとした顔になった。 いや、素でいてーけどな。多分何ヶ所か切れてんな。 まあこんくらい後で治癒魔法かけりゃいい。 「お前な、舌噛んだくらいで簡単に人が死ねると思うなよ?」 オレが呆れた声で言えば、ロイスがじゃあなんで止めたんだよ。みたいな顔をする。 そんなの舌怪我して口ん中血まみれになったら喋れなくなるからだよ。 こいつに治癒魔法とかかけたくねーし。 「いいか、オレはお前の記憶に兄貴のあんな姿があるってだけでとっくにキレそうなんだよ」 オレはやたらと愛らしい今の自分の外見を呪いつつ、精一杯の凄みをきかせて低い声で言う。 「あと3つ数えるうちに言わなきゃ、お前の大事な記憶から順に消してってやるからな」 兄貴の作り出した禁呪にはそういう指定ができる。 『ケイトに関する一番大事な記憶』と指定すれば、本人がどれだけ拒否しようとそれが消されてしまうことは、こいつにも分かってるはずだ。 現に、セリクは言葉を失ってガタガタと震えだしていた。 よし、これならいけるな。 オレはセリクに両手を向けて、ゆっくりとカウントを始める。 オレでも、兄ちゃんの記憶を消すなんて脅されたら何でも言う事聞くだろうな……なんて思いながら。 「いーーーーち、にーーーーい、さーーー……」 セリクはオレが数え終わるよりも早く、青白い顔をして叫んだ。 「ま、待って! 言う! 言うからっ! だからお願い……ケイト様の記憶は……消さないで……」 そう言って、セリクはボロボロと泣き出した。

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