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魔力を注いで
「あーーーっ。悪ぃ。どう見てもお邪魔だったな。勘弁してくれ!」
ロイスは俺達を見て一息にそう謝ると「アオイ様が倒れたんです! ケイト様来てください!」と続けた。
蒼が!?
「分かった、すぐ行く!」
答えてサッと立ち上がった……つもりだったんだけど、腰が微妙に重くて、膝が笑ってしまった。
よろける俺を、リンがまるで当たり前みたいに支えてくれる。
あったかい腕に、ホッとする。
「抱き抱えて移動してもよろしいですか?」
え、そんなことできるの?
半信半疑で頷けば、リンは「ありがとうございます」と微笑んでベッドから飛び降りると、シーツを俺の身体に巻き付けてから横抱きにして駆け出した。
あまりに一瞬の出来事にポカンとしているうちに、リンはぐんぐん走って離れの建物を飛び出す。
いつの間にか外はすっかり日が暮れて夜の闇に包まれていた。
「場所は!?」
「あの小屋の前だ!」
駆けつけた場所は小さめの小屋の前の草地で、そこに心ばかりの布が敷かれて、蒼はその上に寝かされていた。
蒼は真っ青な顔で目を閉じている。
「蒼っ!」
リンは俺を蒼のすぐ隣に降ろすと、そのまま鑑定魔法を使う。
「魔力が底を尽きかけています」
言ったリンが蒼の胸に手を当てて魔力を入れようとするが、受け取り側の意識がないためほとんど渡せていないようだ。
俺はリンの言葉に、セリクを思い浮かべる。
リンやエミーも魔力はあるけど、人にたっぷり注げるほど持っているのはセリクだけだ。
「セリクを呼んでたら間に合わないかな……」
俺の呟きに、その場の全員が小さく動揺した。
……ん?
「私が呼んでまいります、すぐ近くにいますので!」
ロイスはそう言って近くの小屋へと駆け込んだ。
小さな小屋は何の変哲もない物置小屋に見えるのに、なぜかその入り口に兵が二人も並んでいる。
「ケイ様!」
駆け寄ってきたセリクはあちこちに怪我をしていた。
「セリク、その怪我どうしたの!?」
「分かりません、その方は……?」
「この聖女は俺の弟で、魔力が尽きて危ないんだ。セリクの力を貸してほしい」
「分かりました!」
答えると同時に、セリクは魔力を慎重に細く編み上げると、蒼へとゆっくり注いでゆく。
すごいな。いつの間にこんな事までできるようになっていたんだろう。
セリクの澄んだ青緑色の魔力は夜の闇の中でもうっすらと輝いていて、眺めているだけでも本当に綺麗だ。
しばらくすると青白かった蒼の顔色に血色が戻ってきて、浅く繰り返されていた呼吸が落ち着いてくる。
「どのくらい入れればいいですか?」
尋ねられてリンがもう一度鑑定する。
「現在は十分の一ほどです」
「ではもう少し入れておきますね」
セリクはそう言ってまた魔力を編み始めた。
「セリクが辛くないくらいでいいよ。無理しないでね」
俺の言葉にセリクはニコッと笑顔を返した。
作業中で返事は難しかったのだろう。けれどその笑顔からは「まだまだ余裕はあるので大丈夫ですよ」という意思を十分感じ取れた。
それにしても……あの小屋からボロボロのセリクが出てきたって事は、もしかしてあの下が地下牢にでもなってるのかな。
……セリクと初めて会ったのも、地下牢だったよね……。
セリクは怪我の理由は分からないと言った。
怪我の傷はまだ生々しく、今日受けたもののように見える。
そこに、力の使い過ぎでダウンしている弟。
もうここまできたらなんとなく分かった。
分かったけど、俺はスルーに徹することにして、気持ちを切り替えながら蒼を覗き込んだ。
それにしても蒼の聖女姿は本当に可愛いなぁ。
俺が見てきた聖女の中では、蒼がダントツ可愛いと思う。
……いやまあ、兄としての欲目もあるのかもしれないけど。
やっぱりうちの子が一番可愛いって思っちゃうもんな。
あ。そうだ。式典衣装も写真に撮らせてもらおうっと。
母さんに見せたらなんて言うかな。
いやその前に蒼だとは思わないか。
そんなことを考えているうちに、蒼が目を覚ます。
「ん……」
眉を顰める弟の頭を、俺は愛しく撫でる。
「蒼、起きられそう?」
「ぁ……兄ちゃん……? オレ……」
目を開けた蒼は、セリクを視界におさめた途端、飛び起きた。
「ぅわっ」
俺はなんとかギリギリで避ける。
あっぶな……。危うく頭突きを喰らうとこだったよ。
俺はドキドキいう心臓をおさえる。
最近俺の心臓、負担多すぎないか?
蒼に鋭い視線を向けられたセリクは一瞬戸惑った様子を見せてから、姿勢を正して挨拶をした。
「初めまして、聖女様。あの、お加減はいかがですか……? まだ魔力が必要でしたら遠慮なくおっしゃってください」
その言葉に蒼は顔を顰める。
「なにオレ、こいつから魔力をもらったわけ?」
「倒れた人に外部から力を入れるのはすごく難しいんだよ、セリクくらい上手な人じゃないと無理だからね」
俺の言葉に、蒼はそれでも嫌そうな顔をしている。
……やっぱりセリクに怪我をさせたのは蒼かなぁ……。
蒼は昔から喧嘩っ早いんだよね。
口も達者なんだけど、口と同時に手も出てるタイプというか……。
「セリクおいで、怪我を治そう」
セリクを呼べば、セリクは「はい」と答えて嬉しそうに俺の隣に来た。
「痛いところを全部教えてね」
俺はセリクの傷を1つずつ丁寧に治してゆく。
セリクはいつものように俺の肩に手を添えて、治癒魔法に必要なだけの魔力を過不足なく供給してくれた。
……なんか、皆の視線が微妙に刺さってるんだけど……。
悲しみとも怒りともつかない複雑な感情……、皆は今、何を思ってるのかな……。
いや、やめよう。これは考えない方がよさそうだ。
治癒を終えた俺は、意図的に大きく視線を上げて蒼に声をかける。
「蒼、手を貸して、聖力も結構減ってるみたいだから俺のを少し入れておくよ」
「お、おう……」
俺の差し出した手のひらに、蒼はぎこちなく手を乗せる。
俺は蒼にそこそこの聖力を分けてから、手を離した。
「力を使い果たすほど無茶するなんて、蒼らしくないよ」
「あ……、ああ……。そーだな……」
蒼はぼんやりと自分の両手を見つめて、チラと横目で俺の横に控えているセリクを見て、それから俺を見た。
「兄ちゃん……心配かけてごめん」
「いいよ。役に立てたなら良かった」
俺は妙に素直に謝った弟の様子に、彼にとって大きな出来事があったのだろうなと思う。そしてそれはきっと、俺のためを思っての事だったんだろう。と。
「頑張ったんだね、蒼……。お疲れ様」
蒼の頭を撫でながら俺が言うと、いつも「子ども扱いすんな」って俺の手を振り払っていた蒼は、じっと黙って撫でられていた。
***
結局オレはセリクの記憶を強引に消して、ぶっ倒れたらしい。
力の使い過ぎだと、明日にしろと必死で止めてくれたロイスには悪いが、オレはあんなにエロい兄ちゃんの姿をあの野郎がいつでも思い浮かべられるだなんて状況、一秒だって許せなかった。
結局ロイスもオレがテコでもやめないと分かって、渋々ついてきたけどな。
「ったく、人の心配を振り切って無茶するとこは兄弟でそっくりだな!」
背に叫ばれて、オレは小さく笑った。
小さい頃は見た目もそっくりだったオレと兄貴だが、今ではガタイも顔も随分と離れてしまった。
そっくりだなんて言われたのは久々で、正直ちょっと嬉しかった。
牢に戻ってきたオレに驚いたセリクは、ロイスに確保されて、オレに魔法をかけられると気づいて、最後までやだやだってガキみたいに喚き散らしてたな……。
オレはセリクの記憶を4か月分消した。
本当は全部消してやりたいくらいだったが、オレに残った魔力ではこれが限界だった。
気づいたら兄ちゃんが側にいてくれた。
そこまではいい。
――なんで兄ちゃんの隣にお前がいるんだ、セリク!
さっきまでオレにボコボコにされて泣き喚いてた癖に、セリクはオレに『初めまして』だなんて言いやがった。
いや分かってるよ。
当然だって。
オレが2人の記憶を消したんだから。
ここでオレが「テメェの顔なんて見たくねぇんだよ! 失せろ!」なんて怒鳴ったら、兄ちゃんが気づかねーはずねーしな。
兄ちゃんとセリクは互いに信頼し合った様子で、セリクが兄ちゃんにどれほど懐いているのかはすぐ分かった。
兄ちゃんが、どんなにセリクを可愛がっているのかも……。
あーくそ。
これじゃ兄貴の手前、セリクの記憶はこれ以上消せねーじゃねーかよ。
問題は、セリクが一体いつから兄貴を手に入れようとしていたのか。だ。
一旦記憶を消してリセットしたところで、あいつがまた同じことをしでかさないとは限らねーんだよな。
ディアの話によれば、セリクが最初に巡礼に参加した時にはすでに怪しい顔をしてたってんだから、これはよっぽど根深いだろ。
オレ達が巡礼でここを離れる期間は8か月もある。
ムカつくことに、あいつの魔力制御技術が並外れてるのは事実だ。
もしオレ達が不在の間にあいつが着々と準備を進めてしまったら……。
その危険性を少しでも減らすためには……。
オレに残された手段は、もうこれしかなかった。
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