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初めての顔

「おいアオイ様ぁ、あんまセリクをいじめないでやってくださいよー?」 中途半端な敬語で声をかけてきたのはロイスだ。 休憩地では馬の補給作業が行われている。 周りのほとんどが騎士達ではあるが、村の外れではあるし一応敬語を使うか。と思ったのかも知れないが、使うならきちんと使え。どっちつかずでどうする。 「セリクが告げ口したのか?」 「するに決まってんじゃないすか。ここについた途端、ケイト様んとこに来てアオイ様がいじめるーって訴えてましたよ」 「チッ」 オレの内に怒りが湧く。 よくオレの兄貴にそんなことが言えるよな。 お前は3か月もの間、散々兄貴をいたぶっといてさ。 地面を睨みつけるオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でたのはロイスだった。 「なぁアオイ、俺にもお前の気持ちは分かるんだよ。けどあいつらからそれを消したのはお前なんだ。お前が引きずってちゃケイト様だって救われねぇって分かんだろ?」 ロイスの言うことは、その通りだった。 「…………分かってるよ」 「よしよし、アオイは偉いな」 「っ、馴れ馴れしく撫でんな!」 オレは思わず兄ちゃんの手みたいな分厚いその手を振り払ってしまう。 ロイスはそれでも、しょうがないなって顔をして笑ってくれた。 *** 休憩地で馬車を降りたセリクは、ケイトの乗っているルクレイン家の家紋が入った馬車へと向かった。 僕を望んだというアオイはケイ様の弟君なのに、なんであんなに嫌な奴なんだろう。 彼はよく僕を睨んでくるし、僕のことが嫌いなんじゃないだろうか。 こんな時は、ケイ様に優しく慰めてもらおう。 そう思って馬車に近づくと、中からエミーの声が聞こえてきた。 「お二人ともいい加減になさってください。延々と聞かされ続けるこちらの身にもなっていただきたいものです」 「……ごめんなさい」 「申し訳ありません」 なんだろう、ケイ様とあの男がエミーに怒られてる……? 扉を叩こうとしたまま固まっていた僕の前で扉が開く。 「えっ、セリク……、どうしたんですか?」 扉を開いたのはエミーだった。 僕が会いに来たと聞いて、ケイ様はすぐ馬車から降りてきてくださった。 ケイ様にここまでの出来事を話すと、ケイ様は困った顔で僕の頭を撫でた。 「そっかぁ、……ごめんねセリク。蒼は敬語とか堅苦しいのってあんまり好きじゃないんだ。面倒かもしれないけど、蒼のお願いを聞いてやってくれると嬉しいよ」 「いっ、いえ……」 お願いっていうより、あれは命令だ。 そうは思うものの、申し訳なさそうなケイ様にはそれ以上言えなかった。 ケイ様はアオイのことをすごく大事になさっている。 そうだよね……。本当の弟なんだから……。 やっぱり僕よりも……アオイの方が大事なのかな……。 「おでこ、ちょこっと赤くなってるかな? 治癒しようか?」 ケイ様はそう言って、僕の額を温かくて太い指で優しく撫でてくださる。 ああ、気持ちいいな……。 僕が目を細めてじっとしていると、不意に背筋が震えた。 見れば、ケイ様の背後から青い騎士が僕を射殺さんばかりの勢いで睨んでいる。 うわ、怖っ。 嫉妬かな? 僕は、睨んでくる青い騎士に僕だけが許されるスキンシップを見せてやりたくなって、ねだった。 「ケイ様がぎゅってしてくれたら、僕、午後も頑張れそうです」 「ふふ、そっか、おいで」 ケイ様はやっぱり、微笑んで両手を広げてくれる。 その腕の中に飛び込もうとした僕の後ろ襟が、細い手に掴まれて引き戻される。 「テメェ……何やってんだセリク……」 地を這う様なドスの効いた声が、どうしてそんな細い体から出てくるんだろうか。 僕はぞくりと震えた背筋に気づかないフリをして、そうっと振り返る。 そこにはやっぱり、アオイが居た。 「なんでアオイが止めるんだよっ、ケイ様はいいって言ってくださったんだぞ!?」 僕の言い分に、アオイは「うっせーボケ」と返す。 こういうのは横暴だと思う。 「ちょっと2人とも……」 ケイ様が困った様子で僕達を見ている。 「ディアもエミーも、こーゆーの許すなよ」 「申し訳ありません」 「はい」 言われた2人が頭を下げる。 「なんでアオイがケイ様の従者にまで口を出すのさ」 それになんでこの2人はアオイに叱られて素直に謝るんだよ。 別に僕は何も悪いことしてないだろ!? 「聖女のオレが、この一行で一番偉いからだよ」 アオイは紫色の瞳でギロリと僕を睨むと、ロイスに「連れてけ」と言う。 「えええっ。横暴だよっ」 叫んでみるけど、ロイスは僕をなんとも言えない顔で一瞥して「ほら行くぞ」と、もう一つの馬車の方へと連行した。 *** 皆の態度がなんかおかしい。 ディアリンドに関しては前からそっけなかったけど、最近ははっきりとした敵意を感じるし。 エミーとロイスもちょっと僕から距離を取ってる気がする……。 ケイ様は今まで通りだけど、いつの間にか僕以外は皆ケイト様って呼ぶようになってたし。 何よりおかしいのはあの聖女だ。 ケイ様の弟のくせに、ケイ様に近づく奴は1人残らず殺すみたいな顔をいつもしている。 そのくせ、なぜかディアリンドにだけは甘い。 それもなんだか僕には許せなかった。 ガササッと真後ろで音がして、僕はハッと後ろを振り返る。 そうだった。 今は浄化前の魔物討伐中だった。 僕は戦闘とかできないからケイ様と待ってるって言ったのに、アオイに無理矢理連れてこられたんだ。 振り返ったそこにはもう魔物の鋭い爪が迫っている。 僕は必死でそちらに手のひらを向けようとする。 障壁を……――っ、ダメだ、間に合わないっ! 僕は頭を覆うように自分の両腕を引き寄せる。 「アホセリクよそ見すんなっ!」 罵声とともに目の前に伸びてきたのは白くて細い腕だった。 白い障壁が僕の前に広がる。 って、なんで僕の前なんだよ! それじゃアオイが入りきらないじゃないか! 案の定、魔物の攻撃は障壁からはみ出ていたアオイの肩を浅く裂いた。 「っ……!」 アオイが痛みを堪えたのが、僕にはハッキリ見えてしまった。 僕は魔法で風の刃を作って魔物を切り裂く。 魔物は細切れになったからもう襲ってはこないだろう。 「アオイ!」 僕は揺らいだアオイの体を慌てて抱き止める。 「クッッソ痛ぇっっ!」 「ご、ごめん……っ」 「テメェ後で覚えてろよっ!」 えええ……。 勝手に助けたのはアオイなのに、なんで僕が恨まれないといけないんだよ。 なんで……。 アオイは自分の肩に浄化をかけようとする。 魔物に負わされた傷は、最初に浄化しないと治癒もできない。 でも腕が片方動かないのか、アオイは上手く浄化がかけられないみたいだ。 傷口から赤いものが滴るのに、瘴気が邪魔して僕は止血もできない。 ……なんで……。 「離れとけよ、瘴気に、あたるぞ……」 痛みからか呼吸も荒くなってるくせに、アオイは僕を心配した。 ……なんでだよ……。 「なんで僕なんか助けるんだよっ! アオイは聖女なんだから、一番守られてないとダメだろ!?」 「だって、お前……兄ちゃんの、お気に入りだろ。お前が、怪我したら……兄ちゃん、泣くし……」 「そんなのアオイの方がずっと大事にされてるんだから、アオイが怪我する方がもっとケイ様は泣くよ!!!」 アオイは紫の瞳をぱっちり開いて瞬く。 なんでそんなに可愛い顔してるんだよ、反則だろっ。 「そういや、そっか……。しくじった、な……」 痛みを堪えながらも、アオイはクククと笑った。 笑い方が悪役だよ!! 「蒼っ!」 後ろからケイ様の声と足音が近づいて、僕は心臓がギュッとなった。 どうしよう。 ケイ様の大切な弟君に、僕が怪我をさせてしまったと知られてしまったら。 ケイ様は僕を嫌いになってしまうだろうか。 「っ!」 息ができなくて、僕の体が震える。 どうしよう。どうしたら……。 ケイ様に嫌われてしまったら、僕はもう、生きていけない……。 ふ。と手に温かいものが触れて、それがアオイの小さな手だということに気づく。 「んな顔すんな、だいじょーぶ、だって」 僕の前で、アオイが初めて笑った。 痛みを堪えながら、それでも僕を励まそうとして見せてくれたその顔はすごく綺麗で、纏う空気がケイ様によく似ていた。 「アオイ……」 「蒼、今治すね! セリク、力を貸してくれる?」 駆けてきたケイ様が僕の前に膝をつく。 「はいっ」 僕はケイ様の肩に手を触れて、浄化が終わり次第過不足なく魔力を流し込めるよう魔力を整える。 そんな僕を見て、アオイは半眼の顰めっ面で舌打ちをした。 ……だから、なんでだよ。

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