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オレの兄ちゃん(*)
兄ちゃんの足音に顔色を変えたセリクを見て、オレはセリクが何を恐れたのかすぐ分かった。
オレだって、今まで何度そう思ったか。
もし兄ちゃんに、オレがこんなことしたなんてバレたら。
兄ちゃんに嫌われてしまったら、オレはもう生きていけない。
認めたくないけどさ、オレとお前はそーゆーとこが一緒なんだよな。
兄ちゃんにいいとこだけ見て欲しくてさ、気づいたらもう本音じゃ話せなくなってんだよ。
そんなオレらが、あんな本音しか話したことのないようなまっすぐな奴に勝てるわけねーと思わねーか?
……まあ、だからって別に馴れ合うつもりはねーけどな。
オレはお前が嫌いだし、お前もオレを嫌いでいい。
けどさ、オレの兄ちゃんはこんな不慮の事故だとか意図的じゃない怪我を叱ったりする人じゃねーから。
そこは安心していーよ……。
「蒼、歩ける?」
兄貴はオレをすっかり治してから尋ねた。
「おう」と答えようとした瞬間「俺が馬車まで運ぼうか?」と続けられて、オレは思わず「ん」と頷いた。
「じゃあ運ぶね」と答えた兄ちゃんがオレの体をヒョイと抱き上げる。
細く軽い女子の身体は、まるで羽根のように軽々と持ち上がった。
「あはは、蒼軽いねぇ。これならどこまででも運べそうだよ」
兄ちゃんは楽しそうに笑ってオレを胸元に引き寄せる。
兄ちゃんの香りに包まれて、兄ちゃんの体温が直接伝わる。
兄ちゃんの鼓動が耳元で鳴ってるし、兄ちゃんが息をするたびに胸が上下するのを肌で感じる。
なんだこれ、最高だろ。
もう永遠に馬車につかなくていい。
オレがうっとりと目を閉じかけたその時、不意に刺さるような視線を感じた。
見れば、セリクがこちらをじっと見つめていた。
へへーん、羨ましいだろ。
オレの兄ちゃんだぞ。
オレがペロッと舌を出して見せると、セリクは慌てて目を逸らした。
ん? もっと怒り出すかと思ったけどな。
結局、最初の結界柱は兄ちゃんが浄化してしまった。
「ここは森の中だからね。人の目もないし俺がやっとくよ。蒼はしっかり休んでいて。夕方には村の中と外の浄化があるし、その後、宿のある町に入るからね」
って、そんなスケジュールがスラスラ出てくるもんか?
まあ兄ちゃんにとっては3度目だしな……なんて思ってたら、ロイスが兄貴はこっち周りは初めてだなんて言うしさ。
オレももうちょい真面目にやって、兄ちゃんにできるとこ見せねーとな。
***
「はーーーーっ。つっっっかれたぁぁっ」
町での歓待を受けて、ニコニコ笑顔を振りまいて……ってこともねーか。まあ睨まない程度にはしといたよ。
ともかく、聖女としての接待事を終えて、オレはようやく辿り着いた宿のベッドに大の字になった。
宿は聖女のオレだけは3つも部屋がある立派な部屋で、オレの主寝室の横がララの副寝室、玄関につながるリビングのソファでヴィルドが寝て、玄関の脇の椅子で不寝番の護衛騎士が待機するようになってるらしい。
そこへオレの主寝室に強引にベッドを入れてセリクを寝かせることにした。
建前上は、ララがオレの隣で、セリクは隣の部屋ってことになってるけどな。
従者とか言われても、オレは女子と一緒の部屋の方が気を遣って疲れそうだったので、ララにはセリクと強引に代わってもらった。
セリクはあの一件から、オレの体調ばかり気にしていた。
もう大丈夫だって、すっかり元気だって繰り返してんのにさ。
パチ。と目を覚ましたオレは、手に握ったままの紙を見て、自分がベッドの上で巡礼の行程表を読みながら寝オチていたことに気づく。
おいおーい。こういう時は猛者中の猛者さんがそっと寝かしてくれるもんじゃねーのかよ。
ララが寝てるはずの寝室の方を見れば、すっかり明かりが落ちている。
主人放ったらかしにして爆睡かよ。
いやまあ、教会にいた頃からオレはララに「あんまりオレには構うな」って言ってたからな。
だって、自分よりちょっと年上のお姉さんに着替えやらなんやら全部面倒みられんのって恥ずかしいだろ!? 今は女子の体でも、心は男子高校生なんだからな!?
オレはひとまずのそりと起き上がる。
喉乾いたな……。なんか飲んでから寝るか。
そこでふと、部屋にセリクがいないことに気づいた。
慌てて部屋を飛び出すと、オレに気づいた不寝番のキールがあっちだとばかりに指差す。
ランプの灯りがチラチラ見えたのはトイレからだった。
あ。トイレに行ってただけか。
つかオレも寝直す前にトイレ行っとくかな。
共同ではないトイレがついてるのも宿の中ではここくらいらしい。
兄ちゃんはトイレ困ってねーかな。
そんなことを思いながら、自分で水を汲んで飲む。
セリクおせーな。便秘か……?
扉に近づいたオレの耳に、かすかな声が聞こえた。
オレは迷わず扉を開けて中に入る。
中は洗面所になっていて、その奥がトイレになっていた。
オレはトイレの扉も遠慮なく開けた。
「……ぇ……?」
人の気配に気づいたのか、セリクが顔を上げる。
その頬はほんのりと朱に染まっていた。
元が白い肌だからか、こいつは顔色がわかりやすいよな。
「なにお前、1人で抜いてんの?」
「ぁ……」
セリクの頬がさらに赤くなる。
「しかもお前、そんなナリしてそっちなのかよ」
セリクの手は本人の後ろ側へと回されていた。
「ア、……アオイには関係ないだろっ」
黄緑色の瞳に羞恥が滲む。
「関係なくねーな」
言って、オレはセリクを冷たく見下ろした。
「お前さっきなんつったよ。オレの耳を誤魔化せると思うなよ?」
セリクがびくりと肩を揺らす。
「オレの兄貴を穢すのは、たとえ想像の中でも許さねーからな」
オレの言葉に、セリクは赤くしていた顔を青く染めた。
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